1854年に生まれた辰野金吾が17歳の時の1871年に明治政府が貨幣の基本単位に円を用いることを決定し、その17年後に欧米視察に出て、1889年~90年に設計を行った。江戸時代には金貨幣の鋳造所(金座)が置かれていた。そのお金にまつわる縁深いその土地の土台を築く時に、大きく大地に「円」の形を描いたとしても荒唐無稽ではないように思われます。往々にして設計者というものは、見えない所に魂を注ぐものだと思われるからです。

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日銀を天空から見ると「円」の文字に見えるのは意識的設計か?

クイズ番組等でよく引き合いに出されるそうなのだが、日本銀行を上空、つまり鳥瞰のGoogle Earthの視点で見ると「円」の形に造られているという…。

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