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【ゲームの歴史】これまでに発売されてきた歴代の家庭用ゲーム機

これまでに発売されてきた家庭用ゲーム機の歴史です。

更新日: 2017年08月18日

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flyinghoneyさん

1972年

ラルフ・ベアが開発し、マグナボックス社(Magnavox)から1972年に発売された世界初の家庭用ゲーム機。日本では発売されていない。価格は当時の100ドル。初のコンシューマーハードにして、既にソフト(カード)の交換が可能だった。世界で初めてヒットしたビデオゲーム。

1975年

1975年9月12日にエポック社から発売された日本初の家庭用テレビゲーム機。発売当時の定価は、1万9500円。マグナボックスと技術提携し開発された。本体のアンテナからUHF帯の電波を発信しテレビ側のUHFチャンネルで受信するという現在でも珍しいワイヤレス機。ゲーム内容は、モノクロ画面に表示される左右に飛びかうボールを2人のプレイヤーがパドルを使って互いに打ち合うというルール。スコア機能がなかったため、本体上でスコアをカウントする為のダイヤルが付いていた。

1976年

フェアチャイルドセミコンダクターが1976年8月に製造した家庭用ゲーム機。小売価格は169.95ドル。このゲームは初めてプログラミング可能なROMカートリッジを搭載したゲーム機として知られている。日本では、丸紅住宅機器販売より1977年10月に輸入販売された。本体価格128,000円、カセット9,800円。

1977年

任天堂が1977年7月に発売した家庭向けテレビゲーム。当時テレビゲームでは後発組だった任天堂は、マグナボックスからライセンスを取得し三菱電機と共同開発で廉価版の「テレビゲーム6」と共にこれを発売した。内容は主にPONGに代表されるテニスまたは卓球ゲームの類である。廉価版のテレビゲーム6では、テレビゲーム15のゲームスイッチ(遊べるゲームの数)を9つも省いてある。価格は廉価版だった「6」が定価9,800円、「15」の方が15,000円である。

米国アタリ社が開発した家庭用ゲーム機。それ以前のプログラム固定方式のゲーム機と異なるロムカートリッジによってゲームソフトを供給するプログラム内蔵方式のゲーム機として1977年にアメリカでは「Video Computer System」の名で発売され、日本では「カセットTVゲーム」の名でエポックによって発売された。当時の日本での発売価格は57,300円。

1978年

任天堂が1978年に発売した家庭向けテレビゲーム。112種類のゲームが遊べるという触れ込みで、本体中央に設けられたハンドルが異彩を放っていた。スイッチの組み合わせで112通りのバリエーションはあるものの、それぞれの差異が一層不明確な物となり、消費者に飽きられるのも早かったとされる。価格は12,800円で、販売台数は約16万台程だった。

1979年

任天堂が1979年に発売した家庭向けテレビゲーム。ゲームセンターで人気を博したアタリのブロック崩しを家庭向け製品にしたもの。任天堂が初めて自社開発した製品であるが、開発に手間取り販売時期が遅れたため売り上げは伸び悩み、販売台数は約40万台だったという。価格は13,500円だった。

1980年

任天堂が1980年4月28日に発売した携帯型液晶ゲーム機。任天堂開発による初の携帯型ゲーム機である。ゲームソフトは本体内のROMに書き込まれた「1ハード1ソフト」であり、その後のゲーム機のようにカートリッジ交換で様々なソフトを実行することはできない。ゲームをしない間は時計として使え、これが商品名「ゲーム&ウオッチ」の由来である。後に、アラーム機能も付くようになった。

マテルが1980年に発売した家庭用ゲーム機。 日本では1982年、バンダイから発売された。当時ヒットしていたAtari2600よりもインテレビジョンの16ビットシステムは性能はよかったといわれ、アメリカではそこそこの人気を得ることができた。 しかし、日本でのリリースは1982年と遅れてしまい、49,800円という高めの価格設定もあって、バンダイは翌1983年に19.800円とより廉価な価格設定のアルカディアをリリース、インテレビジョンはアルカディアにその座を取って変わられることになった。

1981年

エポック社が1981年7月30日に発売したカセット式の家庭用ゲーム機。発売価格は13500円。カートリッジ交換によって、1台のゲーム機でいろいろなソフトが遊べることが特徴であり、1983年9月時点では日本で一番売れていると評されていた。全部で11本のソフトが発売され、価格はいずれも4980円であった。

1983年

1983年に日本で発売された家庭用ゲーム機。日本でバンダイ・アルカディアとして、アメリカではEmerson Arcadia 2001として、ドイツではHanimex HMG 2650として知られ、多数の互換機が存在する。世界中でまったく別の会社からまったく別の名前で販売された同一のシステムの互換機が30機以上存在するが、そのライセンスの元締めは不明。バンダイ・アルカディアは、バンダイが1983年3月に日本で発売した家庭用ゲーム機で、日本におけアルカディア互換機としては最も普及した。

1983年10月に学習研究社(現・学研ホールディングス)から発売された家庭用ゲーム機。定価は8,800円。コントローラには、PCエンジンスーパーグラフィックスのパワーコンソールのような本体一体型のジョイスティック形式が採用された。ソフトはわずか6種類しか発売されなかった。

1983年10月にカシオ計算機から発売された家庭用ゲーム機。価格は14,800円で、価格では任天堂のファミコンに対抗できたが、売れ行きは全く及ばなかった。
ゲームソフトはROMカセットで供給され、専用ソフトは15本発売された。

1983年7月15日に任天堂より発売された家庭用ゲーム機。メーカー希望小売価格は14,800円。8ビットCPUを搭載し、ゲーム機本体のスロットに差し込むロムカセットを交換することにより様々なゲームを楽しむことができる。この事から当初『家庭用カセット式ビデオゲーム』と宣伝された。本体と同時発売したゲームソフトは『ポパイ』や『ドンキーコング』、『ドンキーコングJr.』の3本である。

1983年7月15日にセガ・エンタープライゼス(現セガ)から発売された家庭用ゲーム機でセガにおける初の家庭用ゲーム機。当時の価格は1万5000円。同社のSC-3000からキーボードを取り去り、ゲーム専用機としたもの。SG-1000のSGは「Sega Game」の略である。

1985年

1985年10月20日にセガ・エンタープライゼスが発売した家庭用ゲーム機。当時の価格は1万5000円。日本国外では外装を変更し「Sega Master System」の名称で販売された。

エポック社が1985年に発売した携帯型ゲーム機。カセットビジョンのハンディ版をコンセプトに開発された。定価12,000円。ロムカセットを最初に採用した携帯ゲーム機であり、それまでの電子ゲームとは一線を画していた。液晶画面はモノクロ2階調で、コンピューターとしての性能はカセットビジョンを若干超える程度。カートリッジを挿さずに電源を入れると、パズルゲームやグラフィックツール機能が使用できた。

1986年

1986年にシャープ株式会社が発売したファミリーコンピュータ互換機。当時の価格は3万2000円。任天堂が発売したオリジナルのファミリーコンピュータ本体とディスクシステムの機能を兼ね備え、ロムカセットとディスクカードの両方のゲームをプレイすることができる。

1987年

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