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横井庄一の帰国後に戦死した日本兵がいた【最後の戦死者】小野田さんとの30年

日本軍最後の戦死者「小塚金七 陸軍一等兵」の記録。生きて帰ってきた横井庄一さん、小野田寛郎さんは有名ですが、30年間戦い続けて戦死した小塚金七さんはあまり知られていない…。

更新日: 2016年12月18日

rinqoo1976さん

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# 日本軍最後の戦死者「小塚金七 陸軍一等兵」の最後

敵は激しく撃ってきた。
応戦しながら、背後の谷へ一気に走れば離脱できる。
いままで何度もあったことだ。

だが、どうしたわけか、小塚は一度つかんだ銃を取り落とした。

「肩だ!」
小塚が叫んだ。

振り向くと右肩から血が流れていた。
「銃はオレが持って行く。先に走れ!」
「胸だ!ダメだ」

私は小塚の銃で五発、自分の銃で四発撃った。

小塚が逃げる時間を稼ぎたかった。

敵の銃声が途絶えた。
いまだ!私は二丁の銃を持って後ずさった。
退いたものと思っていた小塚がいた。

「小塚! 小塚!」
私は片手を伸ばして彼の足首を握り、激しく揺すった。


反応がない。
顔をみた。

見る間に両眼にスーッと白い膜がかぶり、口から血が流れ出た。

私は両手に二丁の銃を持って、一気に灌木の斜面を駆け下りた。
激しい銃声が後を追った。

私は最後の戦友を失った。
小塚、51歳であった。

日本軍最後の太平洋戦争帰還者 小野田さんの手記より

『毎日グラフ緊急増刊 小野田さん帰る』1974年4月5日号(毎日新聞社、1974年)54頁。

「太陽にほえろ!」「デビルマン」「マジンガーZ」などの放映が開始した高度成長期の1972年、「恥ずかしながら帰って参りました」で有名な横井庄一さんが太平洋戦争(大東亜戦争)終結から28年目にして帰国した。しかし、実は同年の10月に、日本人最後の戦死者が出ていました。
30年戦い続けて、帰国することなく戦死したその兵士は「小塚金七」。

生きて帰ってきた横井庄一さん、小野田寛郎さんは有名ですが、小塚金七さんはあまり知られていないのではないでしょうか。
私も知りませんでしたが、祖母が彼(小塚金七)と同級生で、子供の頃の小塚金七の写真も持っていたのを切っ掛けに、このまとめを作ることにしました。

この元日本兵射殺事件は、地元で大々的に報道されました。
その報は日本にももたらされた。

厚生省援護局は、職員を現地に派遣し、大規模な捜索隊を編成します。
この捜索隊には、小野田さんのお兄さんも同行した。
戦友たちも同行した。

遺体は、間違いなく小塚金七一等兵であると確認されます。

当時は報道されていたようですが、現在は知る人が少ないのが残念です。

小塚金七(こづか きんしち)はルバング島守備隊生き残りの少数分散潜伏時に小野田グループにいた日本兵。東京都八王子市出身。1972年10月19日に起きたフィリピン警察軍との銃撃戦で肩を撃たれて三八式歩兵銃を落とし、さらに胸を撃たれて倒れる。小野田は小塚の銃で5発、自身が持つ九九式短小銃で4発撃ち警察軍の攻撃を抑え、倒れた小塚を揺さぶるもその時には白目を向いて口から血を流しており既に死亡していた。享年51。最終階級は上等兵。

# 小塚金七のプロフィール

1921年(大正10)~1972年(昭和47).ルバング島元日本兵.1928年(昭和3),元八王子尋常高等小学校入学.36年,高等小学校を卒業し,農業に従事.39年,元八王子青年学校に入学.

私の祖母も八王子尋常高等小学校に通っており、小塚金七さんと同級生でした。

昭和11年1月15日
祖母が所有していた卒業記念写真より

昭和11年1月15日
祖母が所有していた卒業記念写真より

44年6月11日,近衛歩兵第一連帯に入隊.同年7月,フィリピンに派兵,独立歩兵第三五九大隊に入隊.47年,59年の二回にわたって自宅に死亡通知.

日本が捜査を打ち切るために死亡通知を出したとも言われています。
実際には死んでいませんでした。

母は,「人生わずか50年,その半数を異国の島ルバングの山谷に人も入らぬジャングルに27年,祖国の為と御奉公の甲斐むなしく[昭和]47年11月19日,命と共に消へ失せる悲しき最後,あまりにも哀われです.」と記す.

生きている時に手紙まで渡していたそうですが、母親とは最後まで会うことはできませんでした。

72年10月19日,フィリピ 59年に厚生省が現地でまいた投降勧告ビラなどを所持していた.11月4日元八王子地区市民葬.

すらりとした体つきの将校である小野田さんに対し,新聞で見た「最後の戦死者・小塚金七」の写真は,いかにも日本人的な風貌

高等小学生の時の写真からも、強そうでがっちりした顔と体型であることがわかります。

# 戦友である小野田さんの小塚さんに対する話

若い記者の一人が、こんな質問をしたんです。
 「小塚金七さんが亡くなって、山を下りようという気持ちになられたのですか」
 この質問を受けたとき、小野田は怒りを浮かべて反論したんですよ。見事でしたね。
 「そんなこと、むしろ逆さの方向です。復讐心のほうが大きくなりました。目の前で、30年もの仲間が倒れたときの口惜しさってありませんよ」
 小野田さんの言葉に、若い記者はあっけにとられていました。私はこの記者会見のテレビを見ていて、もののふの心意気を感じました。今の若い人たちの軟弱さを見せつけたんですから。すごい小野田さんの気迫です。

小塚の死に対し小野田は「復讐心が高まった。目の前で30年もの戦友を殺された時の口惜しさなんてものはない」と後年怒りを込めて述べている。小塚の三八式歩兵銃は小野田が日本帰還後に小塚の両親に渡したと言われている。

自分の親とは戦地へ赴くとき、すでに別れを告げている。しかし小塚金七は最後まで私と共に30年を頑張ってくれた。たまたま敵弾を受けて亡くなった。私は生きて還った。遺族にお詫びをしなければならない。

当初は、小野田氏の帰国後の最重要事であり、一日も早く実現させたかった一緒に戦った島田庄一伍長、小塚金七一等兵の墓参りさへ、スケジュールに組み入れられてなかった。そのため、独自の計画を立てた。それは、中野学校二俣分校同期会、「帆一会」幹事長の末次一郎氏に協力を頼み、退院前夜、病院を抜け出し、未明までに埼玉、八王子の二人の戦友の墓に参り、靖國神社と皇居に参拝したのちに東京を離れるという計画だった。小野田氏の心情を理解する末次氏が厚生省に掛けあった結果、やっと、首相表敬訪問の後、墓参りすることが許可された。

# 戦死した場所「ルパング島」

# 軍人としての戦闘能力

彼らは、たった4人で、幾度も米軍基地に挑みます。
日本軍が還ってくるのに、もっとも障害になる米軍のレーダー基地を粉砕もしくは機能不全にしておく必要があったからです。

彼らは戦い続けた。
レーダー基地を破壊し、放火し、米軍に対するかく乱攻撃をし続け、ついには米軍レーダー基地の司令官をも狙撃して重傷を負わせています。

軍による元日本兵討伐は93回にのぼった

小野田さんは討伐隊と戦ったのは233回と言っています。
フィリピン警察軍を小野田さん、小塚さんのふたりだけで撃退しています。

小野田さん、小塚さんたちは、30年間継続した戦闘行為によって、フィリピン警察軍、在フィリピン米軍の兵士30人以上を倒しています。

# どのように生活していたのか

昭和29(1954)年5月7日、地元警察隊との撃ち合いが起きてしまいます。
このとき、戦友の島田庄一伍長が亡くなります。
眉間を撃ち抜かれて即死してしまったのです。

あとに残された小野田寛郎少尉と、小塚金七上等兵の二人は、それでもなお密林の奥に潜み、来たるべき日を待ち続けます。

ある日、彼ら二人は、偶然、壊れたトランジスタラジオを手に入れます。
機械に強い小野田さんは、このラジオをなおし、改造して、短波受信機にしてしまいます。
そして米軍倉庫から奪い取った金属製ワイヤーで、これにアンテナを付けた。

懐かしい日本語の放送が聞こえてきます。
涙が出るほど懐かしかった。

二人は、毎日、短波放送に聞き入ります。
ある日、短波放送から日本の競馬中継が聞こえてきた。

小野田さんと小塚さんは、競馬中継を聞きながら、二人だけで賭けをして愉しみます。
なにもないジャングルでの生活の中で、これがお二人にとっての唯一の楽しみだったそうです。

入手したラジオからは、毎日のニュースや東京オリンピックの実況中継なども聞こえてきました。
また、ときどきやってくる日本の残留兵捜索隊が残していく日本の新聞や雑誌からは、大阪万博や皇太子成婚の様子を伝えるグラビアページなどの情報ももたらされました。

それらの情報の断片から、小野田さんたちは、日本が繁栄していると確信します。
そして、これだけ日本が繁栄しているのだから、日本は戦争に勝ったに違いないと、判断します。

しかし、そんなお二人に、運命は悲しい別れをもたらします。
昭和47(1972)年、地元警察隊との銃撃戦となったとき、小塚金七 上等兵が戦死してしまうのです。

# なぜ長期間戦えたのか

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このまとめへのコメント1

  • rinqoo1976さん|2012.03.31

    北野武さんが小野田さんと小塚金七さんの話をしている動画を追加しました。→2012/05/17 動画が消されてしまっていたので、内容をテキストで書きました。

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