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古代人の高度な技術、ナスカの地上絵の謎に迫る!

世界的に有名なナスカの地上絵、一体誰が何のために作成したのでしょう?地上からは決して全容を見ることは出来ず、非常に高い場所から出なければ確認することも出来ないこの地上絵、古代の人々はなぜこのような高度な技術を持っていたのか、いつか解明されるときが来るのでしょうか?

更新日: 2012年04月14日

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ナスカの地上絵とは

ナスカ市の手前25kmに位置する広大な平原に無数の直線や幾何学模様、そして100以上の図柄に18個の植物や動物の絵が描かれているのが、有名なナスカの地上絵です。

その存在は、1550年に歴史記録者であるPedro Cieza(ペドロ・シエサ)が記述してから、約450年後の1901年にも、ドイツ人考古学者のMax Uhle(マックス・ウーレ)が、その奇妙な地上絵に興味を示していたようですが、最終的に学術的発見として世界にナスカの地上を公表したのは、1939年、ペルー海岸地方の古代灌漑施設を研究していたアメリカ・ロングアイランド大学の考古学者Paul Kosok(ポール・コソック)となっています

概要

紀元前2世紀から6世紀の間に、「描かれた」と考えられている。1939年6月22日、動植物の地上絵は考古学者のポール・コソック博士により発見される。ドイツの数学者、マリア・ライヒェがこの地に住み着き、彼女を中心として、地上絵の解明作業と、保護が行われるようになった。

あまりにも巨大な絵が多く、空からでないとほとんどの地上絵の全体像の把握が難しい。このような巨大な地上絵を何故描いたのかというのが大きな謎の一つとなっている。
近年、自動車の侵入による破壊が著しく、消滅の危機にある。

どうやって描かれているのか?

ナスカ砂漠の表面は暗色の礫岩で覆われており、その下に礫岩に比べてやや白っぽい砂の層がある。地上絵は、表面の礫岩を取り除き、砂の部分を露出させ、線として浮かび上がらせる (また、線の両端に取り除いた礫岩を畝のように積み上げる) という手法で描かれている。線の幅は30cmから、太いもので60cmくらいのものまである。

どのようにしてあのように大きな絵柄を描くことができたのかについては、はっきりとはわかっていない。
かなり高いところからでなければ全体像を目に収めることができず、またナスカ平原の周辺にそれら地上絵を見渡せるような目だった高台もないことから、熱気球を利用した、とか、宇宙船が利用されたといった説まで出てきていた。ただし、現在では、正確な測量技術を使って、大きな原画の一点から放射状に原画の線上に取った各点を同じ倍数で拡大するといった手法で地上絵を作成した、とする有力説が唱えられている。

後代になって、地上絵の中にそのような測量のために用いたと思われる杭が発見されたり、また、地上絵の縮小画が見つかったことなどから、現在ではこの「原画拡大説」が半ば定説化しているようだ。

原画拡大説-否定意見

この方法で動物などの絵柄を描く場合、200メートルまでの実験は成功しているが、それ以上のものは描けるのかという疑問が残る。ましてや数キロにも及ぶ直線を誤差なく描くのは至難の業だそうだ。

地上絵を描いた理由(仮説)

農暦説

地上絵のうち、何本かの直線が夏至や冬至の日の太陽の軌跡に一致すること、その他にも太陽の運行に関係すると思われる線が多数あることなどから、農耕の時期を知らせるための暦として描かれたものだとする説で、地上絵の研究で有名な、故・マリア・ライヘ女史などによって唱えられている。

公共事業説

地上絵を描く作業のために人夫を徴用し、その労役に対する報酬として食料を渡すことで地域内の食料を人々に再配分するといった、いわば公共事業の対象として地上絵の作成が行われたとする説。

儀式説
主に雨乞いの儀式のために地上絵が描かれ、そして使われたとされる説。内陸部のナスカでは手に入らないような、エクアドル産の貝殻、しかも古代には雨乞いの儀式に用いていたとされるものが多数地上絵の周辺で見つかっていることから、この説が有力だとする向きもあるようである。

宇宙船発着場説

デニケンが提唱。 「ストーンヘンジ」の研究家でもあるであるホーキンズが天文説 の欠点を多数指摘したことにより、この説が出てきて一部では一躍注目を浴びた。

地下水路説

マサチューセッツ大学の考古学チームは近年、「直線の地上絵のいくつかは地下水脈を指し示している」という説を発表した。同チームは地上絵の直線図形の地下から、現在でも実際に取水が可能なことを再現して証明したという。少なくとも5つの直線図形は帯水層と一致するということだ。

これが事実だとすれば、イヌやサルなどの絵柄の図形は直線図形などの幾何学模様とは別の目的を持って作られたことになる。

現在まで残っている理由

なぜ地上絵が何千年も侵食されずに残っていたのかということを考えてみよう。 第一に、極端にこの辺り一帯が降水量が少ないということが影響している。 そして、重要なのは地形の構造であると考えられる。 この辺りは硬い土壌が下にあり、その上に土砂が積もるような構造になっている。 また、坂に描かれていることが多く、もし雨が降っても流れ出て、 浸透することが少ない。この複合的な影響により非常に長い間 残っていると考えられる。

ナスカの地上絵が消える?

エルニーニョの被害

近年のエルニーニョ現象の影響で、これまでほとんど雨の降らなかったナスカ平原とその周辺に時折雨が降るようになり、それによって地上絵の侵食が進んでいる。特に周辺の山岳地帯に集中的に降った雨が無数の小川となってナスカ平原に流れ込み、地表を削り取ってしまう現象が深刻で、それら降雨が残した爪痕は、上空からもはっきりと見ることができる

人的被害
観光客が立入ることができる区域も厳しく規制されているが、それを守らない人が不用意にエリア内に足を踏み入れたり、また、車を駐車することで、年々地上絵の一部が傷めてられている。

ナスカの地上絵の近くにピラミッドを発見

地上絵の描かれた平原から南500メートルの砂漠地帯に巨大ピラミッド群が存在します。その数は30基以上と言われ、ほとんどが砂に埋まっています。

およそ、30基のピラミッド群の中で、ひときわ大きく聳え建つのが、基壇47メートル×75メートル、高さ20メートルの「グラン・ピラミデ」と名づけられたピラミッドです。

発掘調査を進めていくと…あらわになった ピラミッドの中には狭い通路が存在するだけでした。

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ミステリー系・不思議系に特化したまとめを作って行きたいなと思っています^^