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zerozeronineさん

20世紀の中盤にかけて、世界を震撼させたドイツの独裁者。アドルフ・ヒトラー( 1889年4月20日 - 1945年4月30日)

彼のカリスマ性と魔力は世紀のかわった今でも健在で、さまざまな場面で話題となっている。
彼の生涯を写真とともにまとめたドイツのページを翻訳しまとめたサイトをさらにまとめてみました。

1921年
政界に進出したころのヒトラー
まだただの変人のひとり。
オーラも感じられません。

1923年
選挙運動中。
のちに参謀となる人物の顔もちらほら。

1924年
ミュンヘン一揆にて投獄されたランツベルク刑務所から釈放された直後。
あまりにも有名な著書「我が闘争」を執筆したのもころころ。

1932年
首相になる直前。除幕式での一場面。

1932年
ナチスの大集会

1933年
首相となったころの演説の様子
この演説が彼最大の武器だったと言います

1936年
ベルリンオリンピックで民衆にサインをするヒトラーとゲッベルス(左)

1938年
オーストリア併合時のスピーチ
完全に自分の台詞に酔っています。
きっと大衆も酔いしれていたのでしょうね。

1938年
ズデーテン訪問中のヒトラー

1938年
チェコスロバキアにおけるナチの集会の一幕
センスがかなりよくなった、となりの半島の北の方みたいな光景です。

1939年頃
時の権力者ヒトラーは相当持てたことでしょう。

ナチスの大集会
これから2、3年ほどが彼の絶頂期となります

1939年 シャルロッテンブルク劇場
第2次大戦を引き起こした頃でしょうか。

1939年
スペインでの集会
飛ぶ鳥も落とす勢いとはまさにこのころのヒトラーのことをいうのでしょうね。

1940年
フロントラインでの食事風景

女性や子供には親切で寛容だったそうです。
でもユダヤ人にはその寛容さも陰を潜めたのですね。

動物にも寛容だったようです。

1944年頃
ゲーリングとグデーリアン、アルデンヌ作戦についての打ち合わせ
敗色が濃厚となる中最後の大作戦に打って出ます。

ジャック・エリュールの本に実際ヒトラーを裏でコントロールして­いたのはゲッペルスだと書いていました
ゲッペルスがヒトラーのプロパガンダに強力な影響を与えたし、心­理的に操り、洗脳し、ユダヤ人を全て抹殺しようとしてました。ゲ­ッペルスはユダヤ人を溝鼠のように作成した映画や広告で敵だと自­国民に先入観の植え付けようとしていました。
ヒトラーは悪だと言いますが、子供と写っている写真や一人の女性­をも愛しましたし、ゲッペルスはヒトラー以上に悪の支配者だった­かもしれないですね。
。。。という意見もあります。子供たちと映るヒトラーの写真を見せられると説得力が増しますね。

ヒトラー最後の写真といわれるものの一つとのことです。
ヒトラー青年団の若きメンバーを励ましているようです。

1945年
ベルリン陥落
ヒトラーの死を報じた新聞です。

自殺の際ヒトラーは拳銃を用い、エヴァは毒を仰いだ。遺体が連合軍の手に渡るのを恐れて140リットルのガソリンがかけられ焼却された。ひどく損壊した遺体はソ連軍が回収し、検死もソ連軍医師のみによるものだった。また側近らの証言も曖昧であり、長い間ヒトラーの死の詳細は西側諸国には伝わらなかった。この事が「ヒトラー生存説」が唱えられる原因となった。
(from wikipedeia)

スターリンもその死体が本当にヒトラーのものであると確信が持てず、イギリスとアメリカ軍が密かにヒトラーを匿っているのではないのかと疑心暗鬼におちいった。そのため、英米ソ軍とも戦後しばらくヒトラーと容貌が似た人物を手当たり次第逮捕して取り調べている。
(from wikipedeia)

ヒトラーには数々の生存説があった。中南米の友好国などに逃亡したという説が戦後まことしやかに囁かれるようになった。この写真は75歳になったヒトラーの死後直後の写真であるとしてでまわったものだそうだ。

確かに似てますね。

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