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マヤ文明の遺跡・チチェン・イツァ

マヤ文明と言えば2012年12月21日~23日に人類滅亡の予言を残している古代文明ですが、今回のまとめでは予言の事には触れず、単にチチェン・イツァ遺跡の事についてまとめようと思います。人類滅亡説のまとめは最後にリンクを貼っております。

更新日: 2012年04月14日

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チチェン・イツァとは

チチェン・イッツァ(スペイン語:Chichén Itzá)は1988年に世界遺産に登録されたメキシコのマヤ文明の遺跡。

ユカタン半島のユカタン州州都メリダの東、約120Kmにある「後古典期マヤ」の遺跡で総面積は約1,5平方マイル。半島のつけ根の密林にあるティカルは「古典期マヤ」の遺跡。現在、高速道路により、分断されているが、北部はトルテカ期、南部にはプウク期の建物が残っており、南北での町の構成がはっきりと違いを見せている。

概要

メキシコからコスタリカにかけての地域をメソ・アメリカと呼ぶ。メソ・アメリカには数百~数千ものピラミッドが建造されたといわれているが、もっとも有名なピラミッドがチチェン・イッツァのエル・カスティーヨだろう。

また、マヤ文明といえば「生け贄(いけにえ)」だが、生け贄の泉、生け贄の神殿、生け贄の球技と、そのイメージを象徴する遺跡に満ちているのもこのチチェン・イッツァだ。

エル・カスティーヨ

チチェン・イッツァを象徴するピラミッド「エル・カスティーヨ」には、春分と秋分の日の年2回、羽を持つ蛇の神ククルカン(別名ケツァルコアトル)が舞い降りる。

太陽が西に傾いたある時間、ピラミッドの下部に取り付けられた蛇の頭部の石像が照らし出されると同時に、階段の側面にうねるような光のジグザグ模様が浮かび上がり、頭部と合体するのだ。天からククルカンが降り立つ姿を描いた、マヤ人の神秘のイベントである。

エル・カスティーヨの階段の段数は91。これが四方にあるので合計すると364。最上部の神殿の石段を合わせると365段で1年を表す。また、ピラミッドの各面は9層構造で、各層は階段を境に2層に分けられているので計18層。マヤ暦は1年=18か月だったので、月を表現しているわけだ。

この太陽暦=ハアブ暦と同時に、マヤの人々は1年260日のツォルキン暦を併用していた。365日と260日の重なる日が52年に一度訪れて、この年を災いの年として恐れたという。エル・カスティーヨの4面には52のデコボコがあり、この周期を表している。

聖なる泉(セノーテ)

ピラミッドや神殿、球戯場が点在する芝生広場から、ジャングルを小道に入って歩くこと少し。マヤ遺跡に欠かせないもうひとつのアイテムである、セノーテと呼ばれる聖なる泉が現れます。

緑色に澱んだ水面が、あたかも底なし沼であるかのような不気味な雰囲気を醸し出しています。

川のないユカタン地方では地下水の溜め池セノーテは命綱でした。と同時に、雨乞いや豊作を願って生け贄を捧げる場所でもありました。

20世紀初めの調査によれば、池の底からは子供や女性、金や翡翠の装飾品などが出てきたそうです。

天文台(カラコル)

教会や尼僧院などの建物のほか、「カラコル」と呼ばれる天文台も残されている。これはまさに天体観測用の施設そのもので、頂部の観測室の壁には四角い窓が切り込まれており、観測時における照準線として機能していたと考えられている。

戦士の神殿

祭壇の周囲に顔の描かれた石柱が並んでいることから、この名がある。石柱は全部で746本。祭壇の上には、生け贄の心臓を取り出すときの台としたといわれているチャックモール像がある。現在、祭壇の上には上れない。

チャックモール

人が横になって、お腹の上で皿を支えている像。
この上に生贄の人間の心臓を置いたといわれる。
チチェンイッツァの中からは13体の像が発見される。

高僧の墓

エル・カスティージョと同様のピラミッド型の建造物です。発見当初は崩壊していて瓦礫の山となっていたらしいのですが、修復されて当時の姿を取り戻しています。

内部調査の結果、数々の装飾品が見つかっているそうです。「高僧の墓」のそばにはほかにも崩壊した遺跡(というか、石がごろごろしている小さな山)があり、修復に向けて作業が行われています。

球戯場

古代マヤでは太陽の恵みを得られるよう生贄を差し出したと言われ、生贄になるのは名誉な事であり、ボールゲームを行い、その栄冠を決めたと言われている。

ゲームはサッカーとバスケットを足した様な競技で、生のゴムボールが使われ、手を使わずにリングの中にボールを入れたほうの勝ちで、1本勝負であった。ここの球技場は前兆168mもあり、メソアメリカ最大の物であり、客席などは存在しないが、左下の写真の様になっていて、当時の様子が想像出来る。

ツォンパントリ

ジャガーの台座

球技場に隣接してジャガー神殿がある。マヤにとってジャガーは力の源であった。これはそこに置かれているジャガーの台座

ジャガーの神殿

外壁にジャガーの闊歩する姿があるために名前がつく。この建物の内壁には多くの戦闘のシーン等の壁画や、レリーフが残る。

この建物の背面部下には、付属のジャガーの神殿があり、多くの戦士、神官の姿が刻まれている。

尼僧院

雨の神チャックの顔が建物の上部に切り石ではめ込まれている。建物は大きくないが、ほぼ全面に施された装飾が素晴らしい。チャックはユカタンのどこの遺跡でも見られる。

雨が少ないこの地方では、雨をつかさどる農業の守り神であるチャックが特に重要だったのだろう。

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ミステリー系・不思議系に特化したまとめを作って行きたいなと思っています^^