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マヤ文明の遺跡・パレンケ

マヤ文明の人々が残した遺跡の一つです。パレンケの石棺からみつかったオーパーツは横向きに見ると宇宙船に乗っている人のように見えて大きな話題になりましたが、実は縦に見るもののようで、秘密が分かってがっかりした人も多かったそうです。しかし素晴らしい遺跡には違いありませんので観光することをオススメします

更新日: 2012年04月18日

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パレンケ遺跡とは

パレンケはメキシコにあるマヤ文明の古代都市遺跡で、メキシコの世界遺産の一つである。
ユカタン半島の付根にあたるメキシコ南東部のチアパス州に位置し、7世紀に最盛期を迎えた都市の遺構としての宮殿を中心とする、『マヤ遺跡の典型』といわれる建物群を密林のなかに配置している。

18世紀の半ば頃にスペイン人の手により発見に至り、その本格的な発掘調査が始まったの1948年。

その調査の最終局面にあたる1952年6月15日、メキシコの考古学者アルベルト・ルスが『碑文の神殿』の地下室に辿り着き、室内の壁面にはめ込まれていた巨大な石板を取り外したところ、鍾乳石の垂れ下がる広い洞窟のような部屋がその向こう側に確認された。

そこには殉死者と目される数体の遺体に加え、肖像画やマヤ文字、また生命樹の図柄の浮彫が施された石の蓋、そしてその下に石棺が埋もれており、数多の装飾品を脇にした遺体が内部に発見された。

翡翠の仮面をまとったこの遺体は、7世紀に在位したパカル王(偉大な太陽楯、8アハウの偉大なパカル、パカル2世、パカル大王、在位615年~683年)として知られる王のそれであった。 この発見は、中央アメリカのピラミッドがエジプトのそれとは違うという定説、すなわち王の墓ではなく神殿の土台に過ぎないものとの定説を覆し、当時の考古学界に大きな旋風を巻き起こすこととなった

碑銘(碑文)の神殿

数多いマヤの遺跡発掘調査の中で、最も有名な発見があったパレンケ。この、碑銘の神殿の中からパカル王の墳墓が見つかり、石棺の中に緑色翡翠の仮面をかぶった王の遺体が安置されていた。

値段がつけられないほどの貴重な発掘品と言われたこの仮面は、メキシコシティの国立人類学博物館からヘリコプターを使った大掛かりな窃盗団によって盗まれ、話題になった。その後、翡翠の仮面は取り戻され、国立人類学博物館に展示されている。この神殿内部の墓にも入ることができ、表面に彫刻が施された石棺を見ることができる。

太陽の神殿

奥の壁に掛けられた石版には、神の誕生からバールム王の戴冠までの歴史や太陽神の楯を挟んでパカル王とその後継者チャン・バールム王の姿が刻まれています。

このほかにも、十字の神殿や葉の十字架の神殿など、マヤ文明を象徴する壮麗な建造物が建てられました。

これらの神殿の名前は、いずれも後世につけられたものであり、レリーフに刻まれた内容から命名されたものです。

十字架の神殿

小川を渡った小高い丘にある十字グループと呼ばれるエリアにある神殿。
パカル王の息子チャン・バームルによって建造された。  
内部パネルの中心に十字架の図が見られることからこの名がついた。
パネルは国立人類学博物館へ移されている。  
その他、浮き彫りなどが保存状態良く残されている

出典http://www.h6.dion.ne.jp/~jpn-espa/Mexico/newpage6.html

パレンケの宮殿

4層のやぐらに特徴があるパレンケの宮殿。
これは、マヤ文明が非常に熱心に行った天体観測に用いられたものだそうだ。

そして1952年6月15日、ついに王の墓室の扉が開かれる。部屋の大きさは高さ6メートル、奥行き9メートル、幅4メートルという広さで、壁には極楽鳥の羽根飾りをつけた9人の司祭の浮き彫り像が飾られていた。そして部屋の中央には、巨大な岩をくり抜いて作った石棺が、手つかずのまま安置されていたのである。ちなみにこの石棺の外蓋に、ロケットを操縦する宇宙飛行士のようなレリーフが刻まれていることは、よく知られているところだ。

石棺の中には、40~50歳と推定される、骨格のがっしりした大男の遺体が横たわっていた。また、遺体の頭部には神像を彫り込んだ円盤が、頭にはヒスイのモザイクの面がつけられ、全身に宝石や首飾り、腕輪、指輪などがちりばめられていたのである。彼は、615年から683年にパレンケを統治した王、パカルではないかと推定されている。ところでこの墓の位置を上のピラミッドと比較してみると、おもしろいことがわかった。

まず、墓室がピラミッドの基底部よりもさらに2メートル低い位置にあったこと。そして、王の遺体が収められた石棺と石の蓋は、相当な重量があったということである。このふたつをあわせて考えると、まず墓が最初に作られ、その上にピラミッド神殿が建設されたと考えないかぎり、建築不可能な構造になっていたのだ。つまりピラミッドは、最初から王の墓碑として作られたのである。

パレンケの石棺

1952年6月15日、メキシコのチアバス州パレンケにある古代マヤの遺跡「碑文の神殿」の地下から、考古学者のアルバート・ルース・ルイリエルによって奇妙な石棺が発見された。

この石棺は、縦3メートル、横2.1メートル、高さ1.1メートル、重さは5トンにもなる1枚の岩をくりぬいたもの。驚いたことに、表面の中央には古代の宇宙飛行士と思われる人物が前傾姿勢でロケットを操縦している姿が彫られていた。

パレンケの石棺の謎解き

オーパーツの中では比較的有名なパレンケの石棺。しかしこの石棺の蓋に彫られている絵は、横ではなく縦に見るのが正しい見方である。

このことは、同じパレンケ遺跡にある「十字の神殿」や「葉十字の神殿」のレリーフと見比べれば一目瞭然。さらに石棺がある「碑文の神殿」の墓室入り口から見た石棺の置き方が、そもそも縦であることからも明らかである。

レリーフで胎児のような姿勢をとっているのは、夕日と共に地下世界に下り、そこで新たに生まれ変わるという考え方による。
マヤ文明では、「死者の世界である地下、神々と先祖のいる天上、その中間である我々人間のいる地上」という、3つの平行した世界という概念があったのだ。

続いて横にした時、ロケットの炎のように見えたものは、地下世界の守護者である「地の怪物」が大きく口を開けてパカル王を飲み込もうとしている場面を絵にしたものである。

次にロケットのように見える部分は、縦にすると十字架であることがわかる。
この十字架は先にも示したとおり、他の神殿のレリーフでも中心に描かれているものだ。「生命の樹」と呼ばれるトウモロコシを様式化したものとされている。

一方、この生命の樹に絡んで枝のように垂れているのは「双頭の蛇」。
頂上にとまっているのは、マヤ文明の聖なる鳥「ケツァルコアトゥル」(ククルカン)である。この鳥は天上の世界を表しているとされ、他の神殿のレリーフにもパカル王のものと同じく、生命の樹の頂上にとまっている姿が描かれている。

おそらく、このレリーフに描かれているパカル王は、死に際して地下世界と天上世界の間で宙吊りになっている状態を表されているのだろう。しかし地の怪物に今にも飲み込まれそうになっているにもかかわらず、王は天上に向かって伸びている生命の樹と、その頂上にとまる聖なる鳥を見つめている。

翡翠の仮面

古代では最高の宝石とされていたヒスイで出来た仮面は、埋葬者の遺体の上に置かれていたと考えられているが、発見当時はバラバラになっていた。

その後復元されて、メキシコシティーの人類学博物館のマヤ室に飾られていた時価数百億と言われている「ヒスイの仮面」は、1985年12月24日のクリスマス.イブの夜、エントツならぬ通気孔から進入した「黒いサンタクロース」のドロポーによって、「アステカ黒曜石の壷」(34億円)や「オアハカのマスク」等とともに盗まれ、メキシコ中が大騒ぎになった。

しかし、4年半ほどして、犯人は呆気なく捕まった。警察官が何気なく尋問した挙動不審者の自宅ガレージから、盗まれた秘宝が発見されたのである。いくつかの宝石類は海外で売られたらしいが、さすがに有名な秘宝は持ち出すことが出来なかったとみえ、無事であった。

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