指揮系統の混乱

雪中行軍隊の総指揮者は行軍隊隊長の神成大尉であるが、これに山口少佐と若干名の大尉や見習士官、長期伍長が行軍隊付きとして同行する形になった。責任者は神成大尉ではあるが、階級と本来の職務の関係からすると山口少佐は上司にあたり、同行してきた大尉達は神成大尉と同格の指揮官になる。途中からは、山口少佐が神成大尉に断りもなく独断で指揮をしていたとの証言もある。いずれにせよ、大隊本部の随行が意思決定の不統一になった。

出典http://www.weblio.jp/wkpja/content/%E5%85%AB%E7%94%B2%E7%94%B0%E9%9B%AA%E4%B8%AD%E8%A1%8C%E8%BB%8D%E9%81%AD%E9%9B%A3%E4%BA%8B%E4%BB%B6_%E5%8E%9F%E5%9B%A0

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