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オランダ 飾り窓とその歴史

道路に面したドアはほぼ全面ガラス張りで、室内はピンク、紫、ブラックライト等で照明、軒に赤いランプを灯しているのが特徴で、そのため英語圏等ではこれらが集まるエリアをRed-light districtと呼ぶ。

更新日: 2016年05月08日

twcritiqueさん

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「飾り窓」の歴史は大変古いといわれています。かつて13世紀ごろ、小さな漁村だったアムステルダムにやってくる漁師や行商人たちのために、くつろぐ場所として作られたのがその始まりだそうです。

↓ アムステルダム、レッドライト地区。1:07あたりから散歩が始まります。

↓ カメラ禁止区域です。通路から歩きながら飾り窓を映しています。

飾り窓とはオランダ 、ドイツ 、ベルギー 等のゲルマン諸国、またそこから伝播して地中海側でも見られる(見られた)売春の一形態、またはその施設。オランダ語ではnl:Raamprostitutieと呼び、直訳すれば「窓売春」である。

道路に面したドアはほぼ全面ガラス張りで、室内はピンク、紫、ブラックライト等で照明、軒に赤いランプを灯しているのが特徴で、そのため英語圏等ではこれらが集まるエリアをen:Red-light districtと呼ぶ。尚このRed-light districtを「赤線地区」と訳す例がまま見受けられるが、成り立ちや法的位置付けからも誤り。「赤灯地区」または「赤灯街」であり意味合い的には歓楽街やかつての三業地に近い。

商談がまとまればドアは全開され招き入れられカーテンは閉じられる。従って赤灯が点灯していてカーテンが閉まってれば営業中だが接客中、赤灯が灯っていなければ休業の合図である。

オランダでは2000年、売春業が完全に合法と認められた。

アムステルダムで最大かつ最も有名な赤線地区、主要な観光名所であるレッドライト地区は“De Wallen”、ワレン(壁)と呼ばれ、アムステルダム旧市街(中世)の擁ダムの壁を指し、14世紀から存在しています。
この地域は、アムステルダムの中心に建つ最古の教会、アウデ旧教会(“Oude Kerk” アウデ・ケルク、ユトレヒトの司教によって1306年に奉献されました)の南のいくつかのブロックをカバーし、いくつかの運河が交差しています。

2006年以前に行われた調査では、オランダ人売春婦の約7%が(街の売春婦を含む)HIV / AIDSを持っていることがわかった。

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