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週給1ドル20セントから登り詰めた アメリカの鉄鋼王 アンドリュー・カーネギー 16の教え

アメリカの鉄鋼王 アンドリュー・カーネギーという人物をご存知でしょうか?彼の成功はアメリカンドリームの象徴としても例えられがちですが、決して人並み外れた幸運の持ち主だったというわけではありません。子供の頃、彼の言葉にとても感銘を受けたので、もし彼の教えのうち、なにか一つでも心に響いたらうれしいです☆

更新日: 2012年05月04日

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satsuzukiさん

❏ アンドリュー・カーネギー[Andrew Carnegie] とは?

鋼鉄王 (1835~1919)

1835年、スコットランドに生まれる。
1848年に移民として、一家とアメリカに渡る。

まもなくペンシルベニア州アレゲニーにある木綿工場で、
週給1ドル20セントの糸巻き少年としてはたらきはじめる。

以後、ピッツバーグ電報局のメッセンジャー。
ペンシルベニア鉄道の鉄道官の秘書兼電信技手、
ピッツバーグ局の監督者と、順調に昇進。

あるとき鉄道の通る木橋が焼けて、
数日にわたり鉄道が不通になる。

その時カーネギーはこれからは鉄橋の時代だと
将来を見通し、戦後、カーネギーは鉄道をはなれ、
鉄橋をつくる会社を創設。

その後さらに、ピッツバーグに最新式の製鉄工場(エドガー・トムソン工場)を設立し、
アメリカでのベッセマー製鋼法の最初の利用者のひとりとなる。

この事業は大いに成功し、ほかの大製鉄工場の支配権をも獲得していった。
その利益はカーネギー製鋼会社に連結し、1899年にはアメリカの鉄鋼生産の約25%を支配する。

1901年にモーガンがUSスチール社を創設すると、彼は2億5000万ドルで
カーネギー製鋼会社を売却し、引退した。

また、慈善家として活動したことでも知られ「カーネギー財団」の設立者でもある。
彼は社会ダーウィン主義の実践者でもあり、不平等な状態を是とした。

「無条件に貧しいものへ与えることを有害」とし、
「努力する者を支援するために富が使用されるよう寄付する者が責任を持つべきだ」としている。

1919年、83年に及ぶ生涯に幕を閉じた。墓碑銘に刻ませた言葉は
「ここに、自分より賢い人々を、周囲に集める術を知っていた1人の人間が横たわる」だった。

(出典)http://www.enjyuku.com/k/kp14.htm より引用

❏ アンドリュー・カーネギー 16の教え

チャンスに出会わない人間は一人もいない。
それをチャンスにできなかっただけである

成功にトリックはない。
わたしは与えられた仕事に全力をつくしただけだ.
成功の秘訣は、いかなる職業であっても、
その第一人者たることを期することである。

絶対に出世が出来ない人間には二種類ある。
一つは言われたことが出来ない人。
もう一つは言われたことしか出来ない人だ。

私たちは誰でも習慣に支配されている。
習慣は思考や経験の繰り返しによって、私たちの中に定着する。

したがって、思考をコントロールすることで、それに応じて、
この世での運命を、コントロールすることが出来るのだ。

まだやっていないことでは、名声は築けない。実に簡単な話だ。
夢を抱き、リハーサルしたら、あとは現実の世界に飛び込んで
実行あるのみ。

人間は、優れた仕事をするためには、自分一人でやるよりも、
他人の助けを借りるほうが良いものだと悟ったとき、
その人は偉大なる成長を遂げるのである。

生計を立てるのに、収入が必要だからというだけの理由で、
好きでもない仕事をしながら、人生を漫然と過ごすなんて悲劇だね。

自らを助けないものを救おうとしても、無駄だ。
ハシゴを自分で登る意思のないものを
他人が押し上げることはできない。

なにかを崇拝することは必要である。
ただし、富の崇拝は最悪だ。仕事に忙殺され、
どうしたら短期間により多くの金を稼げるかばかり考えていると、
救いようもなく堕落するだけではないか。

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