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建築家ジョサイア・コンドルの建築作品コレクション

日本近代建築の父と呼ばれ、鹿鳴館やニコライ堂、財界関係者らの邸宅を多数残したイギリス出身の建築家ジョサイア・コンドルの建築作品を集めました。

更新日: 2018年04月26日

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Qtipさん

▼建築家ジョサイア・コンドルについて

▼現存するジョサイア・コンドルの建築作品

当時工部省顧問だったコンドルが関与したという説があります。

コンドルは実施設計のみ。原設計はロシアのミハイル・シチュールポフです。

三菱財閥岩崎家の茅町本邸です。
国の重要文化財に指定されています。

岩崎彌之助の高輪別邸です。
現在は三菱グループの倶楽部として使われています。

三菱財閥の二代目岩崎弥之助が死去した時に、岩崎家の納骨堂として四代目の岩崎小弥太によって建てられました。

二代目諸戸清六の邸宅です。国の重要文化財に指定されています。

三井家の迎賓館として建てられました。
現在は、三井各社の賓客接待や婚礼会場などに利用されています。

島津家袖ヶ崎邸です。
イタリア・ルネサンス様式の洋館です。

古河財閥の二代目・古河虎之助の自邸として建設されました。
旧古河庭園大谷美術館として、現在は見学可能です。

老朽化のために解体された三菱一号館をレプリカ再建した煉瓦造の建物です。

▼失われたジョサイア・コンドルの建築作品

旧北海道開拓使出張所(開拓使物産売捌所)です。
日本銀行はこの建物で開業しました。
建物は関東大震災後の火災で焼失しました。

東京日比谷にあった鹿鳴館(華族会館)です。
1940年に取り壊されました。

西武グループの創設者である堤康次郎が買い取り、新高輪プリンスホテル(グランドプリンスホテル新高輪)となりました。
邸宅は高輪プリンス会館として使われていましたが、取り壊されました。

関東大震災後の火災で焼失してしました。

上野博物館(東京帝室博物館本館)です。
関東大震災で崩壊してしまいました。
現在跡地には東京国立博物館本館があります。

旧宮内省本館です。
関東大震災で崩壊してしまいました。

関東大震災後の火災で邸宅は焼失しましたが、庭園は近隣住民の避難場所となり多くの命を救いました。
それを受けて現在は清澄庭園として一般公開されています。

丸の内最初の洋風オフィスビルとして建てられました。
1968年に取り壊されましたが、2009年にレプリカ再建されました。
写真は取り壊される前の三菱一号館です。

東京大空襲により大破してしまいました。
跡地には現在、農林水産省があります。
2008年、農林水産省庁舎の耐震工事の際に、5000本以上の丸太が出土しました。これは海軍省庁舎の基礎、もしくは地盤強化に使われたものであるとされています。

1932年に取り壊されました。跡地は明治生命館になっています。
その後、コンドルは三号館の設計も行っています。

関東大震災後の火災で邸宅は失われましたが、庭園と茶室は吉池旅館として現在も残っています。

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