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【世界に誇れる日本人】小説家・村上春樹 ~小説家に必要な資質~

ノーベル賞候補に常に挙げられ、世界的に高い評価を受けている村上春樹。村上春樹の考える「小説家に重要な資質」「小説家の役割」「走り続ける理由」「人生の意味」とは?

更新日: 2012年08月18日

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dfgjklさん

村上春樹の考える「小説家に重要な資質」とは?

小説家としてインタビューを受けているときに、
「小説家にとってもっとも重要な資質とは何ですか?」
という質問をされることがある。

小説家にとってもっとも重要な資質は、言うまでもなく才能である。

文学的才能がまったくなければ、どれだけ熱心に努力しても小説家にはなれないだろう。

これは必要な資質というよりはむしろ前提条件だ。燃料がまったくなければ、どんな立派な自動車も走り出さない。

しかし才能の問題点は、その量や質がほどんどの場合、持ち主にはうまくコントロールできないところにある。

量が足りないからちょっと増量したいなと思っても、節約して小出しにして出来るだけ長く使おうと思っても、そう都合良くはいかない。

才能というものはこちらの思惑とは関係なく、噴き出したいときに向こうから勝手に噴き出してきて、出すだけ出して枯渇したらそれで一巻の終わりである。

『走ることについて語るときに僕の語ること』より

才能の次に、小説家にとって何が重要な資質かと問われれば、迷うことなく集中力をあげる。

自分の持っている限られた量の才能を、必要な一点に集約して注ぎ込める能力。これがなければ、大事なことは何も達成できない。

そしてこの力を有効に用いれば、才能の不足や偏在をある程度補うことができる。

僕は普段、一日に三時間か四時間、朝のうちに集中して仕事をする。

机に向かって、自分の書いているものだけに意識を傾倒する。ほかには何も考えない。ほかには何も見ない。

思うのだが、たとえ豊かな才能があったとしても、いくら頭の中に小説的アイデアが充ち満ちていたとしても、もし(たとえば)虫歯がひどく痛み続けていたら、その作家はたぶん何も書けないのではないか。

『走ることについて語るときに僕の語ること』より

集中力は、僕の人生で一番幸福をもたらしてくれるものの一つですね。

集中できない人って、そんなに幸せではないでしょう。

僕は、頭の回転は速くない。でも、一度何かに集中すると、何年もそれをやります。

退屈することはありませんね。大きなヤカンみたいなものです。沸騰するのには時間がかかる。でも、それからはずっと熱いままです。

集中力の次に必要なものは持続力だ。

一日に三時間か四時間、意識を集中して執筆できたとしても、一週間続けたら疲れ果ててしまいましたというのでは、長い作品は書けない。

日々の集中を、半年も一年も二年も継続して維持できる力が、小説家には-少なくとも長編小説を志す作家には-求められる。

呼吸法にたとえてみよう。集中することがただじっと深く息を詰める作業であるとすれば、持続することは息を詰めながら、それと同時に、静かにゆっくりと呼吸していくコツを覚える作業である。

その両方の呼吸のバランスがとれていないと、長年にわたってプロとして小説を書き続けることはむつかしい。呼吸を止めつつ、呼吸を続けること。

『走ることについて語るときに僕の語ること』より

文章から余分な贅肉を片端からふるい落とす

「習慣」こそが大事

習慣はすごく大事です。

とにかく即入る。小説を書いているときはまず音楽は聴きませんね。日によって違うけれども、だいたい五、六時間、九時か十時ころまで仕事します。

とにかく自分をペースに乗せてしまうこと。自分を習慣の動物にしてしまうこと。

一日十枚書くと決めたら、何があろうと十枚書く。

それはもう『羊をめぐる冒険』のときからあまり変わらないですね。決めたらやる。弱音ははかない、愚痴は言わない、言い訳はしない。なんか体育会系だな(笑)。

村上春樹はなぜ走るのか?

ただ黙々と時間をかけて距離を走る。

速く走りたいと感じればそれなりにスピードも出すが、たとえペースを上げてもその間を短くし、身体が今感じている気持ちの良さをそのまま明日に持ち越すように心がける。

長編小説を書いているときと同じ要領だ。

もっと書き続けられそうなところで、思い切って筆を置く。そうすれば翌日の作業のとりかかりが楽になる。アーネスト・ヘミングウェイもたしか似たようなことを書いていた。

継続すること-リズムを断ち切らないこと。

長期的な作業にとってはそれが重要だ。いったんリズムが設定されてしまえば、あとはなんとでもなる。

しかし弾み車が一定の速度で確実に回り始めるまでは、継続についてどんなに気をつかっても気をつかいすぎることはない。

『走ることについて語るときに僕の語ること』より

「肉体が変われば、文体も変わる」

フィクション作家にとって最も大事な資質は想像力、知性、フォーカスだろう。

しかし、これを一定の高水準に維持したいと思うなら体力の維持をないがしろにはできない。

体力が磐石でないと複雑で骨の折れることは成し遂げられない、そう思う。

走っていなかったら文体も今のそれとは大分違ったものになっていただろう。

小説家の役割―嘘をでっちあげることで、真実を暴く

我々は、何が良くて、何が悪いのか、何が正しくて、何が間違っているのか?における唯一絶対的な判断を持つ事が非常に難しい時代に生きています。

犯罪を犯した者と、犯罪を犯さなかった者の間にある壁と言うのは、我々が考えているよりも遥かに薄く曖昧なものなのです。

悪の中には善もあるし、その逆も又しかり。

それらを2分する事が非常に難しい時代に我々は生きているのです。

上手な嘘をつく、いってみれば、作り話を現実にすることによって、小説家は真実を暴き、新たな光でそれを照らすことができるのです。

多くの場合、真実の本来の姿を把握し、正確に表現することは事実上不可能です。

だからこそ、私たちは真実を隠れた場所からおびき出し、架空の場所へと運び、小説の形に置き換えるのです。

しかしながら、これを成功させるには、私たちの中のどこに真実が存在するのかを明確にしなければなりません。

このことは、よい嘘をでっち上げるのに必要な資質なのです。

生きなければならない、できる限り、長く

たまに自分が63歳になったということが奇妙に感じることがある。自分が生き残り(サバイバー)のように思う。

彼らのことを考えると、いつも自分は生き続けなければならないと感じる。とても強く。

人生を無駄にしたくないから、はっきりとした目的をもたないと。

生き残ったからには、すべてを与える義務がある。

だから、フィクションを書くときには、死んだ友人のことを考えている。

私は今なお自分に問うています、
「人生にはどういう価値と、どういう意味があるのか」と。

時にこの世界で生きるのは困難なことですが、
しかし私はこう考えるんです。

「自分は生きなければならない、できる限り、長く」。

■評論家は村上春樹をこう見る

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