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アイルランド代表が、6月18日の欧州選手権の試合のピッチで喪章をつける理由

「北アイルランドの人がなぜアイルランド共和国のサポなのか」など背景は「北アイルランド紛争FAQ」→ http://nofrills-nifaq.seesaa.net/article/110201124.html

更新日: 2012年06月20日

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nofrillsさん

It will be the first time such a gesture has been allowed at a major international soccer tournament.

サッカーの大きな国際トーナメント大会で、そのようなことが許可されるのは、初めてである。

アイルランド共和国代表が、Euro 2012の試合で喪章をつける。

On 18 June 1994, patrons of a small bar at Loughinisland in Co Down were watching Ireland play Italy in the World Cup when loyalist gunmen from the UVF opened fire, killing six men.

1994年6月18日、(北アイルランドの)ダウン州、Loughinisland (ロッヒインアイランド)の小さなバーの常連客が、ワールドカップ(本大会)のアイルランド対イタリアの試合を観戦していたところ、銃を持った(ロイヤリスト武装組織)UVFのメンバー複数名が銃撃を加えた。この事件で6名が死亡した。

1994年のワールド・カップはアメリカでの大会で、アメリカの文脈で「アイリッシュ対イタリアン」というのはまた別のコンテクストがあり……

Ireland's match against Italy in Euro 2012 will fall exactly 18 years to the day since the tragedy occurred.

今年の欧州選手権で、アイルランドはイタリアと対戦するが、その試合が行われるのが銃乱射事件からぴったり18年となる6月18日である。

No one has ever been brought to justice for the attack.

この事件ではだれも起訴されていない。

UEFA gave the go-ahead for the gesture after the FAI, which had been approached by the victims’ families, sought permission.

This will be a unique event in world football, and the Loughinisland families have thanked UEFA and the FAI for providing a forum to remember the killings.

事件被害者遺族からの話を受けたFAI(アイルランド共和国のサッカー協会)がUEFAに喪章着用の許可を求め、UEFAがこれを許可した。

サッカーの国際大会でこのようなことがおこなわれるのは極めて異例で、事件被害者遺族らはUEFAとFAIに対し、殺戮を記憶する場を与えてくれたことに感謝する、と述べている。

Loughinisland銃撃事件

O'Tooles Bar (The Heights) in the Co. Down village of Loughinisland. Six men were shot dead by two UVF gunmen, while they were watching the 1994 World Cup on television.

事件当夜の報道写真。この小さな建物が事件現場となったバー。

事件は、1994年6月18日、北アイルランドのダウン州、ダウンパトリック近郊のLoughinislandという村で起きた。
http://g.co/maps/g9hf5

その晩、村のパブに集まった人々は、テレビでサッカーの試合を観戦していた。それも「いつものサッカーの試合」ではない。94年ワールドカップ(アメリカ大会)のグループEの初戦、アイルランド共和国対イタリアだ。
http://en.wikipedia.org/wiki/1994_FIFA_World_Cup#Group_E

アイルランド共和国代表は、そこそこ強いが、大きな大会では予選敗退ばかり、というチームだった。しかし1986年に監督に就任したジャック・チャールトン(ちなみに彼はイングランド人で、共和国代表監督としての実績で後に「名誉市民権」を受けている)のもとで88年ユーロに出場、90年ワールドカップ(イタリア大会)では大会出場実現どころかベスト8まで行き、92年ユーロは予選で敗退するも、94年のワールドカップでは予選でデンマークをかろうじて上回って出場権を獲得した。

(今から振り返れば)「北アイルランド紛争」の末期といえる局面に入りつつあった1993年から94年にかけての時期(94年8月末にIRAが停戦し、10月にロイヤリストが停戦したのがひとつの大きな区切り)に、関係国のなかで唯一本大会に出場したアイルランド共和国代表を、北アイルランドの共和国サポさんたち(つまり「カトリック」の人たち)は、どんな気持ちで応援してたんだろう。そして初戦の結果にどれほど喜んだだろう――1994年6月18日の試合は、アイルランドが1-0でイタリアに勝利した。「大舞台で、あのイタリアに勝った」アイルランドはお祭り騒ぎだ。

しかし、Loughinislandの村の、The Heights Barという名のパブに集まっていた人たちには、その夜は、「勝利」の夜ではなく、「暴力」の夜として記憶されることになった。そのパブを銃を持った男たちが襲撃し、店内に向けて銃を乱射した。サッカーを見ていた一般の人たち6人が殺された。

出典:
http://nofrills.seesaa.net/article/102090296.html

襲撃してきたUVFのガンマンに殺されたのは6人。全員が「カトリック」で「一般人」で――つまり、IRAメンバーやINLAメンバーはいなくて――、年齢は34歳から87歳まで。(87歳の犠牲者は、北アイルランド紛争全体を通じての最高齢の犠牲者である。)

- Adrian Rogan (34) Catholic
- Malcolm Jenkinson (52) Catholic
- Barney Greene (87) Catholic
- Daniel McCreanor (59) Catholic
- Patrick O'Hare (35) Catholic
- Eamon Byrne (39) Catholic

出典www.u.tv

後日のニュース(警察オンブズマンによる報告書についてのニュース)より、殺された6人の顔写真。

下段中、帽子に眼鏡にパイプの男性が87歳のバーニー・グリーンさん。

事件には英国の当局が何らかの形で関わっているとの疑惑

1994年6月18日の「ハイツ・バー銃乱射事件」もまた、単に「UVFの暴力」で片付けられないのではないかと考えられている事件のひとつだ。

今から約2年前、2006年6月のシン・フェインのプレスには次のようにある。
www.sinnfein.ie/news/detail/14641

……英文省略……

つまり、2006年6月の時点で、
- ハイツ・バー襲撃に使われた車を供与したことを、英国のエージェントが認めている
- 襲撃犯が現場から逃げるときに使われた車は、後に捜査班によって破壊されている
- 犯人がかぶっていたバラクラバのひとつに、毛包が1つ付着していたが、誰も起訴されていない
- 使用された武器のうち少なくともひとつ(一丁)は、英国のエージェントであるブライアン・ネルソンが、南アフリカから輸入したものである
- 犠牲者の遺族が何度も質問を送っているが、北アイルランド警察(PSNI)は、Official Secrets Act(機密保持法)をたてに、それに答えることを拒否し続けている

……以上のようなことが指摘されている。(この指摘は、映画『オマー』をご覧になった方にはいろいろと連想されるものがあるのではないかとも思う。)

こういったことから、シン・フェインは「英国政府と北アイルランド警察(新旧あわせて)は組織的な隠蔽を行なっている」としてプレッシャーをかけている、というのが上記のシン・フェインのプレスの主旨だ。

出典:
http://nofrills.seesaa.net/article/102090296.html
(2008年07月03日のエントリー)

ブログに書いてあるのですが、1994年は8月末にはシン・フェインのジェリー・アダムズとSDLPのジョン・ヒュームとの会談を経て、IRAが停戦を宣言。これを受けて10月13日にはロイヤリスト側も停戦を宣言。長い目で見れば、これが今日に至る「和平」の具体的な出発点なのですが、ハイツ・バー襲撃事件の前後の暴力はすさまじい状況でした。
http://cain.ulst.ac.uk/othelem/chron/ch94.htm

http://nofrills.seesaa.net/article/102090296.html

2006年には事件被害者の遺族が真相究明を求めて 'Loughinisland Justice Group' を結成している。彼ら遺族会は、同年3月21日に、警察オンブズマンに対し、「ハイツ・バーでの殺人事件についてはまともな捜査はおこなわれていない。また実行犯を特定するために真剣な取り組みもなされていない。殺害には国家の関与が疑われる」などとして正式な申し立てを行った。

このあたり、ウィキペディアから引用する。当局が「情報源」を守るため、犯罪(「テロ行為」である以前に、単なる刑事犯罪である)の捜査を行わないという選択をしている場合に典型的な態度だ。
http://en.wikipedia.org/wiki/Loughinisland_massacre

[quote]
More specific concerns were that:
具体的な問題点とは:

- The getaway car had been recovered intact but was destroyed by the RUC in 1996
逃走用車両は燃やされるなどしていない状態で発見されていたにもかかわらず、1996年に北アイルランド警察(RUC)によって廃棄処分となった。

- A hair follicle was recovered from the car but nobody had yet been charged
車両からは毛包も見つかっているが、だれも起訴されていない。

- Investigators reported at least one of the weapons used was imported from South Africa in 1988 by British agent Brian Nelson
捜査官は、用いられた銃のうち少なくとも1丁は、1988年に英国のエージェント、ブライアン・ネルソンによって南アから持ち込まれたものだと報告している。

The families asked the Police Ombudsman to investigate. Their solicitor reported that balaclavas, gloves, boiler suits and a bag (which had contained the guns used) was found in the car, although none of those items had since been subjected to the advances in forensic science.
被害者遺族らは警察オンブズマンに調査を要請。遺族らの弁護士の報告では、バラクラバや手袋、ボイラースーツ、犯行に用いられた銃が入っていたバッグが(逃走用の)車両の中で見つかっていたが、これらの物的証拠はその後、科学捜査に回されることはなかった。
[/quote]

ウィキペディアはこの時期のことは詳しく書いているが、その後、その警察オンブズマンの報告書が出たことについては、なぜか書いていない。

警察オンブズマンの報告書

Police Ombudsman Al Hutchinson will say that the RUC murder investigation into the killing of six men in Loughinisland lacked “effective leadership and investigative diligence’’ and highlight an absence of “co-ordination and commitment” to pursue all investigative opportunities to bring the killers to justice.

TheDetail.tv, Issue 14 / 23 June 2011

【大意】警察オンブズマンのアル・ハッチンソンは、Loughinisland事件に対する当時の北アイルランド警察の捜査についての報告書を発表する。警察捜査には「効果的なリーダーシップがなく、捜査に対する真面目さも欠落していた」と述べ、殺害実行犯に法の裁きを受けさせるためにあらゆる追究をおこなうという「調整も信念も」欠けていたということに注目する内容だ。

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