1. まとめトップ

【歌詞付】「別れの曲」だと思っていたら実は「愛し合う二人の旅立ちの歌」だった!

日本でも大ヒットした「Time To Say Goodbye」、別れの曲としての解釈が主流でしたが、実は愛し合う二人の旅立ちの歌だった!歌詞を日本語訳付きで掲載しました。

更新日: 2017年09月27日

110 お気に入り 512329 view
お気に入り追加

この記事は私がまとめました

Maria_Karenさん

■驚愕!Time To Say Goodbyeは別れの曲ではなかった!

愛し合う二人の「一緒に生きて行こう」とする二人の門出の歌

曲名から”別れの曲”として勝手に日本で認識されていた「Time To Say Goodbye」は、実は別れの曲ではなく愛し合う二人の「一緒に生きて行こう」とする二人の門出の歌だったのだ!

だから近年、結婚式(披露宴)で演奏されるのですね!

■Time To Say Goodbyeは誰の曲?

イタリアのテノール歌手Andrea Bocelli(アンドレア・ボチェッリ)の曲となります。

原題は「Con Te Partirò(コン・テ・パルティロ)」。

この曲を、イギリスのソプラノ歌手Sarah Brightman(サラ・ブライトマン)がデュエットしたいとアンドレアに話をもちかけ実現。
曲名と一部歌詞をTime to say goodbyeとした以外はすべて原曲と同じイタリア語で歌われています。

■Time To Say Goodbyeとなった経緯

1995年2月にサンレモ音楽祭で初めて歌われ、4位を獲得

同年春発売のセカンドアルバム『Bocelli』の1曲目に収録されたが、その時点では必ずしも大ヒットと言えない状況であった。

歌詞の一部とタイトルをイタリア語から英語に変更し、ヨーロッパを中心に爆発的にヒット!

しかしながら、歌詞の一部とタイトルをイタリア語から英語に変更し、「タイム・トゥ・セイ・グッバイ(Time To Say Goodbye)」(1996年)としてサラ・ブライトマンと共演することになる。これがヨーロッパを中心に爆発的にヒットとなった。

ドイツのヒットチャートで14週連続1位

ブライトマンの友人で、ドイツの国民的英雄でもあるボクサー、ヘンリー・マスケのバージル・ヒルとの引退試合が1996年11月23日に行われた際、試合前にリング上のステージで初めて2人によって歌われ(演奏はロンドン交響楽団による録音)、マスケの退場時もこの曲が流された。その模様はテレビ放送で2,100万人以上と言われる視聴者が観ていたこともあり、直後の12月に発売されたシングルはドイツのヒットチャートで14週連続1位となった。

■Time To Say Goodbye 歌詞 と 日本語訳

Sarah:                   サラ・ブライトマン:
Quando sono sola             一人でいる時
sogno all'orizzonte             水平線を夢見て
e mancan le parole,            言葉を失ってしまう
si lo so che non c'è luce          太陽のない部屋は暗くて
in una stanza quando manca il sole,    あなたが側にいないと
se non ci sei tu con me, con me.      太陽は消えてしまうの
Su le finestre                全ての窓から
mostra a tutti il mio cuore         あなたが勝ち取った
che hai accesso,              私の心が広がってゆく
chiudi dentro me              私の中に
la luce che                 あなたは光を注ぎ込んだの
hai incontrato per strada.          道端で見つけた光を

Time to say goodbye.            別れの時が来たわ
Paesi che non ho mai            見たことも
veduto e vissuto con te,          行ったこともない場所
adesso si li vivrò.
Con te partirò               今あなたと共に
su navi per mari              船に乗り海を越えて
che, io lo so,                旅立とう
no, no, non esistono più,          もうなくなってしまった海を越えて
it's time to say goodbye.          別れの時が来たわ

Andrea:                  アンドレア・ボチェッリ:
Quando sei lontana             君が遠く離れているとき
sogno all'orizzonte             水平線を夢見て
e mancan le parole,            言葉を失ってしまう
e io si lo so                でも もちろん分かっている
che sei con me con me,          君が僕と一緒にいることは
tu mia luna tu sei qui con me,       君は僕の月 僕と共に
mio sole tu sei qui, con me,        僕の太陽 君は僕と共にここにいる
con me, con me, con me.          僕と共に 僕と共に

Time to say goodbye.            別れの時が来たわ
Paesi che non ho mai            見たことも
veduto e vissuto con te,          行ったこともない場所
adesso sì li vivrò.
Con te partirò               今 あなたと共に
su navi per mari              船に乗り海を越えて
che, io lo so,                 旅立とう
no, no, non esistono più,          もうなくなってしまった海を越えて

Both:                    二人:
con te io li rivivrò.             共によみがえらせよう
Con te partirò                一緒に船に乗り
su navi per mari              海を越えてゆこう
che, io lo so,                もうなくなってしまった海へ
no, no, non esistono più,          二人で海をよみがえらせよう
con te io li rivivrò.             二人で行こう
Con te partirò.               あなたと私

※左右の行で訳が対になっているわけではなく、並べ替えてあります

■Andrea Bocelli(アンドレア・ボチェッリ)

イタリアのテノール歌手

12歳の時に失明

6歳でピアノを始め音楽の道に進むものの、12歳の時にサッカーボールを頭に受け脳内出血を起こし失明する。障害を乗り越えて法学博士号を取得し弁護士として活躍していたが、歌手になる夢は捨てきれずにいた。

ルチアーノ・パヴァロッティとズッケロに見出され1994年にデビュー

世界的なテノール歌手であるルチアーノ・パヴァロッティとイタリアを代表するロック&ポップス歌手のズッケロ(Zucchero )に見出され1994年にデビューした。

1994年のサンレモ音楽祭新人部門で優勝・アルバムは大ヒット

1994年のサンレモ音楽祭新人部門で優勝し、イタリアン・ポップス、カンツォーネの曲を収録したアルバムを2枚発表した後、「VIAGGIO ITALIANO」というアリアやナポリターナなどを歌ったアルバムを発売し、ヨーロッパ中で大ヒットとなる。このアルバムは初期2枚からのベスト盤となっているが、ボチェッリのテノール・ボイスが存分に活かされている。

「コン・テ・パルティロ」はボチェッリのために作られた

ボチェッリのために作られた「コン・テ・パルティロ」は、後にタイトルと歌詞の一部を英語に改めて「タイム・トゥ・セイ・グッバイ」としてサラ・ブライトマンとデュエットしたバージョンが発売され、1500万枚以上のセールスを記録した。

■その他代表曲

こちらも超有名曲「The prayer」。
アニメーション映画「キャメロット」の主題歌で、セリーヌ・ディオンとアンドレア・ボチェッリのデュエット曲です。
動画は1999年のアカデミー賞でのパフォーマンスより。

私はこの映画(1998年)を機にアンドレア・ボチェッリを知り、大ファンになりました。

■その他ミュージシャンによるTime To Say Goodbyeのカバー

■結婚式関連のNAVERまとめ

1