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【GLAY】 TERU 厳選画像集

TERU(テル、1971年6月8日 - )は、日本のロックバンドGLAYのボーカリスト。本名、小橋 照彦(こばし てるひこ)。愛称は、てっこ。北海道函館市出身。北海道函館商業高等学校卒業。身長169cm。妻はPUFFYの大貫亜美。

更新日: 2013年01月20日

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seiya1123さん

小学生の頃からスポーツ少年で(しかし現在でも水泳だけは苦手)、中学生の頃には野球部に所属していた。 絵も得意であり、「北海道絵画コンクール」で道賞(北海道賞)を獲得するほどの腕前だった。現在も主にパソコンを使用してイラストなどを製作、公開している。公式な作品としてはビデオ『VIDEO GLAY 4』、『VIDEO GLAY 5』のジャケットイラストなど。

1987年の夏辺りに、小中学校と一緒である同じサッカー部の先輩に「ちょっとドラムをやってみないか?」と勧誘され、聖飢魔IIのコピーバンドに加入。ドラムを担当し、文化祭で披露した。しかし、TERUの家にはドラムセットなどなく、親戚の叔母が営むスナック(TERUがよく手伝って料理をしていた。)の椅子などを使って練習していたという[1]。この頃よく授業をサボってお好み焼きを食べに行っていたらしい。

1988年の3月頃、小・中学校の同級生であるTAKUROに誘われ、GLAYとしての活動を始める。当初はドラマーとしての加入であったが、ある日、TAKUROがTERUの家にまだ歌の入っていないデモテープを置き忘れ、歌があったほうが何かとやりやすいだろう、と考えたTERUが歌を入れてみたところ、それを聴いたTAKUROが「神がかった声」と感じて腰を抜かした[2]。これがボーカリストへ転向するきっかけとなり、新しいドラマーが見つかるまで、マイクを天井からぶら下げて、ドラムを叩きながら歌っていた[3]。同年7月には、GLAYとしての初ライブを行う。

1989年、同じ学校の同学年の友達と「花とゆめ」と言うバンドを結成。GLAYとは別に学校での文化祭などでライブを行った。
良く言われている先輩と組んだ聖飢魔IIのコピーバンドとは別物である。
TERUが、姉の結婚式でTAKUROと「ずっと2人で…」を演奏・披露したのも、この頃の話である。

上京後は、赤羽の凸版印刷に勤めるかたわらバンド活動を続けていたが、両立出来ず、試用期間明けで辞めてしまった。以降、居所を埼玉県所沢市や飯能市等に移し、その後は様々な仕事をしながら、バンド活動を行う。

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