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古代核戦争跡地!?モヘンジョダロとは

遥か昔に核戦争があったと言う話を信じますか?モヘンジョダロという遺跡があるのですが、その遺跡からは不自然な白骨死体が見つかっています。なんと高熱に晒された様な形跡があり、通常の50倍の放射能が検出されているのだそうです他にも核の攻撃を受けたような形跡は見つかっています。非常に謎の多い遺跡です

更新日: 2012年05月28日

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モヘンジョダロとは

1921年、インダス川の下流に大きな仏塔の一部が大地からのぞいているのが発見された。それは、2世紀前後の大僧院の一部であろうとの予測のもとに、ただちに、発掘が開始された。ところが、掘り進むにつれて、その遺跡は、たんなる僧院などではなく、巨大な古代都市の遺跡であることが明らかとなった。
 発掘は、十数年の間、休みなく続けられた。こうして、この古代都市の姿は、少しずつ姿をあらわしてきた。

 堅固な城塞、整然とした碁盤目状の街路、完備された排水設備、見上げるばかりの穀物倉、広大な沐浴場・・・それらは、何千年も前に、緻密な都市計画のもとに建設された周囲5キロにもおよぶ巨大都市であることを物語っていた。

モヘンジョ=ダロの地名は現地の言葉で「死の丘」を意味するものであり、歴史学者が足を踏み入れるまでは、非常に古い時代に生きたであろう得体の知れない死者が眠る墳丘として, 地元民に代々伝えられる禁忌の領域であった。
モヘンジョ=ダロは廃墟としての現在の名前である。繁栄していた往時の呼び名、すなわち都市の本来の名前については、肝心のインダス文字が未だに解読されていないため、それを紐解くヒントすら得られていない。

暮らしは豊かだった

インダス文明を担っていたのは、現在南インドに多いドラヴィダ系民族だと考えられ、モヘンジョ・ダロには、3万~4万人が暮らしていたと推定されています。
 モヘンジョ・ダロからは、日常生活に使ったと思われる土器、人物や動物をかたどった土偶、交易の際に使ったと思われる印章、ビーズなどの精巧な装飾品などが見つかっています。これらの産物はメソポタミア地方やペルシャ湾岸地域との間で交易され、東西の文明の交流が活発に行われていました。文字は400種類ほど見つかっていますが、今のところ解読されていません。強大な権力をうかがわせる王宮や神殿のようなものは見つかっておらず、人々の身分は比較的平等であり、都市の人々は職業によって分かれ、豊かな生活を送っていたと考えられます。

権力者は存在しなかった?

古代の遺跡で下水道が整備されていた例はメソポタミアでもある。でも、 モヘンジョダロ には決定的な特徴があった。これだけ大きな遺跡に権力者の象徴となる巨大な王宮も神殿も軍隊の跡もないのだ。

それどころか、インダス川流域に広がる100を超える遺跡のなかに、戦場の跡さえほとんど見つかっていない。数多くの墓が出土しているが、埋葬されている人々の間には身分の差も見られない。

衰退の謎

紀元前2500年から紀元前1800年にかけて繁栄したと考えられている。最大で4万人近くが暮らしていたと推測されている。しかしその後、きわめて短期間のうちに滅亡の時を迎えたと考えられており、さまざまな憶測が絶えない。近年の研究では大規模な洪水によって一気に衰退したと考えられている。

謎の人骨

発掘が進むにつれ、この古代都市の遺跡には、どうしても説明のつかない多くの謎が浮かび上がって来るようになった。
 そのひとつに、遺跡のあちこちに見られるわけのわからない人骨の山である。それらは、路上や井戸端、さまざまなところに、うつ伏せになったり、仰向けになったりして不自然な状態で横たわっていた。
こうした、発掘中に発見された数十体の人骨のおかげで、この古代都市はモヘンジョ・ダロ(死の丘)というありがたくない名前を頂戴することとなってしまった。

遺跡で見つかった白骨遺体46体は突如、死がやってきたような状態であった。そのうちの9体には高温で加熱された跡が残っていた。

世界最古の文明の可能性あり

現在も、モヘンジョダロの最下層がどこまで、続いているのか謎である。それは、数メートル掘っただけで、塩分を含んだ地下水が吹き出して来る悪条件が発掘を困難にしているからだ。一度、アメリカの調査隊が、廃水ポンプをフルに活用して発掘に乗り出したが、遺跡の堆積は、どこまでも続いており見当すらつかなかったという。

モヘンジョ・ダロは、何千年もの気の遠くなる時の流れの中で、最初の生活圏が廃虚になると、その上にさらなる遺跡が覆い、また、しばらくすると、その上に別な遺跡が覆うと言った感じで、年輪のように何十にも重なっていったのである。
 恐らく、この古代都市の起原は、紀元前4千年か5千年ほどと推測されるが、そうなると、世界最古の文明ということになる。

高度な技術はどこから?

モヘンジョ・ダロの遺跡は7層からなっており古い時代から順に積み上げられているのだが、上の層は下の完全なコピーである。つまりこの都市はインダス平原に出現した時点で完璧な都市計画に沿って建設されているのだ。これは常識では理解しがたい事で、発掘にあたった考古学者のジョン・マーシャルは「まるでさらに数千年も前の誰も知らない社会から伝えられたもののようだ」といった。彼は原始社会からこの都市を作れる文明を築くには数千年かかる、といっているのである。

実際その都市の作りは古代のものとは到底思えない。都市は綿密な計画によって碁盤の目状に建設されており、ダストシュート、水洗便所に下水道やマンホールまで完備している。…フランスのベルサイユ宮殿につい最近までトイレがなかったことから考えてもその先駆性はみてとれる。その技術も驚嘆に値する、当時他の文明で使われていた原始的な日干しレンガとは違い、モヘンジョ・ダロの都市の住宅材には高い技術の窯焼きレンガを石膏モルタルで固定した後アスファルトで覆い、さらにレンガを重ねて耐水構造にするという高度な技術を使用していた。

古代核戦争跡地か

調査に当たったロシアの科学者が人骨群の一部から通常の50倍に上る放射能を検出し、更に町の壁からは過去に異常な量の熱を一瞬にして浴びたような形跡、そして多量のガラス片(瞬間的な高熱を浴び、溶解した状態のまま固形化した物質)が発見されたため、まるで核爆発が行われたとしか思えないような異様な雰囲気を発しているのである。しかし同地域には火山もないため、そうした町を一瞬で焼き尽くす程の高熱が一体何によって作られたのか、謎は深まるばかりである。
また発見された人骨群は炭素年代測定法によって紀元前2500年頃のものであると判明したが、万が一放射能を浴びていた場合、それは確実に判別結果に影響を及ぼす為、おそらくはもっと古いものであると考える事もできるだろう。

そして更に、インドのボンベイ付近からは大量のクレーター跡も発見されている。最大のものは直径凡そ2.1kmに上るもので、年代は凡そ5万年前に遡るという。しかし奇妙な事に同クレーター付近からは原因となるべき隕石自体は一切発見されず、巨大なクレーターのみがそこに残っているのだ。調査によれば、そのクレーターを作った衝撃はおそらく600,000気圧という凄まじいものであり、更に同クレーターからはモヘンジョダロを始めとする一連の遺跡と同じように、ガラス質の地表、そして「瞬間的な高熱」の跡が発見されているのである。

古代インドの2大叙事詩「マハーバーラタ」、「ラーマーヤナ」に描かれる神々の戦争のシーンには、まるで核兵器であるかのような強烈な光と熱を放つ大量破壊兵器(アグネアの矢)が登場する。さらに聖書の創世記では神の怒りに触れた町「ソドム」と「ゴモラ」が一瞬にして灰と化すシーンもある。これらの文献、そして遺跡に残された核戦争の面影は、我々に一体何を語りかけているのだろうか。人類は既に一度、いや幾度にも渡って核爆弾で滅びているのだろうか
http://x51.org/x/04/03/0944.php

2大叙事詩に登場する乗り物「ヴィマナ」。レーダー探知、ジグザグ飛行、翼の展開と収縮、敵機内透視、煙幕、カモフラージュ、太陽光線利用等の能力が使えたと言われている

地球温暖化による遺跡破壊

現在、今度は人間の手によると思われる地球温暖化による気候変動のおかげで、半砂漠地帯に豪雨が降り、 モヘンジョダロ の遺跡を傷めつけている。また、モヘンジョダロ周辺に水が引かれ、地下水位が上昇し、その水がレンガを破壊しているという。

実は モヘンジョダロ の地下にはさらに以前の遺跡が眠っていることがわかっているが、世界最古の可能性さえあるこの未知の遺跡は、地下水の影響で未知のまま崩壊しつつあるという。発掘して救おうにも、地下水が湧き出してきて発掘を進めることさえままならない。

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