インダス文明を担っていたのは、現在南インドに多いドラヴィダ系民族だと考えられ、モヘンジョ・ダロには、3万~4万人が暮らしていたと推定されています。
 モヘンジョ・ダロからは、日常生活に使ったと思われる土器、人物や動物をかたどった土偶、交易の際に使ったと思われる印章、ビーズなどの精巧な装飾品などが見つかっています。これらの産物はメソポタミア地方やペルシャ湾岸地域との間で交易され、東西の文明の交流が活発に行われていました。文字は400種類ほど見つかっていますが、今のところ解読されていません。強大な権力をうかがわせる王宮や神殿のようなものは見つかっておらず、人々の身分は比較的平等であり、都市の人々は職業によって分かれ、豊かな生活を送っていたと考えられます。

出典http://www.eorc.jaxa.jp/imgdata/topics/2010/tp100224.html

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古代核戦争跡地!?モヘンジョダロとは

遥か昔に核戦争があったと言う話を信じますか?モヘンジョダロという遺跡があるのですが、その遺跡からは不自然な白骨死体が見つかっています。なんと高熱に晒された様な形跡があり、通常の50倍の放射能が検出されているのだそうです他にも核の攻撃を受けたような形跡は見つかっています。非常に謎の多い遺跡です

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