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「うなぎ」の薀蓄まとめ

なんか、すごくうなぎが食べたくなったので、気分だけでも味わおうと「うなぎ」をひたすら載せていきます。でもそれだけだとつまらないので、「うなぎ」の薀蓄を書きながら、うなぎに思いを馳せましょう。レッツうなぎ。

更新日: 2012年06月17日

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arugonnnnnnnさん

★うなぎのうんちく集★

うなぎの謎を数多く揃えてみました。最後に参照リンクを置いておきます。

うなぎ100gにビタミンAは5000IU。

ビタミンAは皮膚や粘膜のうるおいを保つ・視覚障害の予防・カロチンの吸収を助けるなどの効果があるといわれています。他にも風邪の抵抗力をつけたり、細菌感染から体を 予防するような働きをもっています。また、ビタミンAが欠乏すると、生殖機能が衰え精子の量が不足してくる、成長が抑制されるなど、様々な障害が起きてきます。うなぎ100g中の含有量はチーズの約4倍、たまごの約6倍あり、一日に必要なビタミンAを蒲焼一人前でまかなえます。

うなぎ100gでビタミンB1の1日分が補えます!

ビタミンB1が不足すると脚気、脳貧血、立ち眩み症状がでます。また、不足すると食欲 が減退し、消化不良を起こしやすくなります。さらに神経の働きを鈍らせ、疲労感を強 め、記憶力の低下を招きます。ビタミンB1は炭水化物の代謝をスムーズにし、体調を整 える作用があります。

うなぎ100gで一日に必要な量の半分以上を補えます!

ビタミンB2は、発育に欠かせない栄養素。成長期に ビタミンB2が不足すると発育不全をおこします。ビタミンB2はタンパク質、脂質、炭水化物の代謝をスムーズにし、体調を 整える作用があります。

うなぎは魚介類の中で100gでビタミンB2の含量がもっとも多く、牛乳の5倍、ほうれん草の5.7倍もあるんです。

人間の体には約60兆個の細胞があります。
この細胞に必ずある細胞膜の構成の活性に役立っているのがビタミンE。ビタミンEは、細胞が老化するのを防ぐ役割をしている のです。

そのため、ビタミンEによって肌のつやがよくなり美容効果も期待できます。 ビタミンEは、他にホルモンのバランスをコントロールし不妊症、早産、自立神経失調症を防いだり、男性の生殖機能を高める、未熟児を健全に発育させるなどの効果もあるそうです。日本人の所要量は6~10mgです。

うなぎの成分には、他にも、DHA(ドコサヘキサエン酸)や、EPA(エイコサペンタエン酸)といった物質が含まれています。

DHAはうなぎ100gに対して約1350mg。
頭の働きを良くする栄養素として知られています。脳細胞の成長を促進する他に、痴呆の予防にも効果があるようです。

EPAはうなぎ100gに対して約750mg。
コレステロールや中性脂肪など、血管や血液に関する病気の予防にも効果があるようです。

奈良時代の『万葉集』に「武奈伎(むなぎ)」として見えるのが初出で、これがうなぎの古称。院政期頃になって「うなぎ」という語形が登場し、その後定着しました。

その「むなぎ」の語源には、「家屋の『棟木(むなぎ)』のように丸くて細長いから」の他にも、 「胸が黄色い胸黄(むなぎ)から」、「料理の際に胸を開く『むなびらき』から」など、諸説あるようです。

漢字の由来は、曼という字に関係しています。文字の意味の中には「つや・長い」という意味が含まれており、つやのある長い魚という事でこの漢字が出来たのではないか、と言われています。

昔から日にちに十二支を割り当てていますが、土用(立春・立夏・立秋・立冬前の約18日間)にめぐってくる丑の日(当初、十二支は日毎に分かれていた)を「土用の丑の日」といいます。

季節ごとに「土用の丑の日」がありますが、今ではもっぱら夏の土用をさすようになりました。

これには諸説あり、蘭学者・平賀源内が売れない鰻にたいして「土用の丑」を宣伝文句として広めた説、江戸時代の歌人・大田南畝が鰻屋に頼まれて狂歌を作って広めた説、などがあるようです。

うなぎの血液には「イクシオトキシン」という毒が含まれており、生で食べることはできません。しかし、熱を加えると、変性し、毒性が消えるので、加熱調理した分には問題はありません。

生であっても、血液を完全に抜いて酢でしめれば刺身で食べることもできます。

たんぱく質の一種の「ムチン」や「ムコプロテイン」がうなぎの体表から分泌されているためです。このぬめりが体の水分を保つ働きもあり、うなぎの皮膚呼吸を助けています。

更に、この分泌物が体の内外の浸透圧を調節する働きもあるようです。このおかげで淡水や海水というように環境が全然違う場所でも生息できるようです。

昔は、うなぎを輪切りにして縦に串に刺して焼いていたようです。その姿が、蒲(がま)の穂に似ていたということから「蒲焼」というように呼ばれたという説があります。

他にも、焼きあがったときの色が樺の皮に似ている樺色焼(かばいろやき)から来た説、蒲鉾から転じたと言う説、香ばしい香が早く伝わる香疾焼き(こうばしやき)から来た説などもあります。

関東では「背開き」、関西では「腹開き」と、地方によって、うなぎの捌き方が違っています。

武家社会の江戸では、「腹を裂くと、切腹を連想して縁起が悪い」というところから背中から開き、商人の町・大阪では「腹を割って話せるように」ところから腹の方から開くとの説があります。

関東の「蒲焼き」には以下の特徴があります。

捌き方
背開きにして頭を落とす。

串の打ち方
半身にして竹串を打つ。

焼き方
皮の方から素焼き。
せいろで蒸して、タレをつけて本焼き。

タレのつけ方
タレの中にうなぎをつけ込む。

関西の「蒲焼き」には以下の特徴があります。

捌き方
腹開きにして頭を落とさない。

串の打ち方
丸ごと金串を打つ。

焼き方
身の方から素焼き。
タレをつけて本焼き。頭を落とす。

タレのつけ方
ひしゃくでタレをかける。

うなぎと梅干は昔から「食べ合わせが悪い」と言われていますが、その根拠はありません。

この迷信が流れた背景には「ぜいたくの戒め」や「食べ過ぎの戒め」によって流れた説の他にも、「栄養が消えてしまう」「食中毒を防ぐ」などの意味合いから、食べ合わせの悪さに繋がったという説もあります。

古くは「万葉集」に書かれてある、歌人・大伴家持による歌から伺うことができます。

「石麻呂に吾物申す夏痩せに
 吉しと言うものぞ武奈伎とり食せ」

「武奈伎」が現在の「うなぎ」に当たります。

ただし、古くは約5000年前の縄文遺跡の貝塚からうなぎの骨が出土していることもあり、起源を遡ると、縄文時代以前にもうなぎを食していた文化があった事が伺えます。

基本的には器の違いが「重」と「丼」の違いとなります。重箱を使っていれば「うな重」、丼を使っていれば「うな丼」ということです。ちなみに「うな重」には、うなぎの「肝吸い」をつけるのが一般的だと言われます。

ただし、店によって基準があいまいらしいので、案外違いは無いに等しいと言えるかもしれません。

うなぎの養殖の起源は、明治12年(1879年)に、服部倉治郎が東京深川千田新田に2ヘクタールの養殖池を作り、うなぎの養殖を試みたのが最初とされています。ちなみに服部倉治郎氏は、すっぽんの養殖でも知られる人物です。

その後、原田仙右衛門によって、本格的な養殖が静岡県の浜名湖で広げられます。昭和初期には東京の鰻料理屋で焼かれる鰻の大半が地方からの「お上り鰻」や養殖鰻と変わっていきました。

長年謎とされている産卵場所なのですが、長年の研究の結果、日本のうなぎの産卵場所は、グアム島の北西約200mにある「スルガ海山」であることが突き止められています。現在は6月~7月に一斉産卵するという説が有力とされています。

出典yom.sc

養殖うなぎの育て方としては、マリアナ諸島から流されてきた稚魚(シラスウナギ)を捕獲し、育てて出荷する方法がとられています。11月~4月に採捕されたシラスウナギは、養殖池に入れた後に、半年~2年ほどで出荷できる成鰻になります。

ちなみに、日本で食べられているうなぎの99%は、国内や海外で育てられた養殖物のうなぎで、天然ものは、1%足らずです。

名古屋名物「ひつまぶし」は、漢字で書くと「櫃まぶし」。説が幾つかあり、お櫃にうなぎを細かく刻んだものをまぶすから「ひつまぶし」と言う説の他、関西のうなぎ飯の呼称「まむし」をつかって「ひつまむし」から「ひつまぶし」になった説もあります。

「あなご」は、体型はうなぎに似た細長い円筒形ですが、鱗がない点で異なっています。また、簡単な見分け方としては、下あごが出ていたら「うなぎ」、上あごが出ていたら「あなご」となります。

他にも、尾ビレの先が丸いのが「うなぎ」、尖ってるのが「あなご」である他、「あなご」には体の側面に白い斑点が一直線に並んでいる、という違いがあります。

昔は、うなぎはタレに漬けて焼くのではなく、山椒醤油や山椒味噌を漬けて焼くという調理方法がスタンダードでした。山椒の香りがとてもうなぎにあうので、 タレの付け焼きへと変化した今でも、山椒が定番のスパイスになっているようです。

山椒である理由は、うなぎの臭味を消すため、或いはうなぎの油っぽさを消すためという説がありますが、詳しいことは定かではありません。

「うなぎボーン」はそのまま、うなぎの骨。うなぎの背骨を短く切って、カリカリに素揚げしたスナック菓子で、静岡県浜松市の名産品になっています。蒲焼などにするためのうなぎをさばいた後に生まれた、食品廃材を利用した食品となっています。

ちなみに「うなぎボーン」は、浜松市北区の、鰻料理店有限会社「勝美」の登録商標とのことです。

うなぎは、えらの他にも皮膚で呼吸できるため、体と周囲が濡れてさえいれば、陸上でも生きることができます。独特のぬめりが水分を保つ働きを持っているため、皮膚が乾燥しにくくできています。

濡れていれば切り立った崖でも体をくねらせてはい登るため、「うなぎ上り」という比喩の語源にもなっています。

静岡県浜松市の名産品であり、うなぎパウダー(うなぎの骨で取った出し汁を粉末にしたもの)をパイ生地に練りこんで焼いた洋菓子です。

1961年(昭和36年)に「春華堂」によって開発され、販売開始後、東海道新幹線や東名高速道路の開通など東海地方で交通インフラの整備が進んだことが追い風となって売上を伸ばし、名物となるまでに至ります。

「夜のお菓子」は、うなぎが「精力増強」をイメージさせる所から来ているのではなく、出張や旅行のお土産として、家庭に買って帰ったその夜(晩)に「一家だんらんのひとときを『うなぎパイ』で過ごしてほしい」との願いを込め、当時の社長が考案したもの、とのことです。

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