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プレミアムシアター歌劇「古事記」黛敏郎

チャンネル:BSプレミアム放送日: 2012年3月10日(土)

更新日: 2012年05月29日

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doyoubiさん

東京文化会館公演 歌劇「古事記」         黛敏郎作曲
                              
全4幕                           
                          【出演】
                         甲斐栄次郎
                         福原寿美枝
                           高橋淳
                          浜田理恵
                          妻屋秀和
                         久保田真澄
                          天羽明恵
                          吉田浩之
                          門間信樹
                          清水理恵
                          羽渕浩樹
                          高橋華子
                              
                    (語り部)観世銕之丞
                  (合唱)新国立劇場合唱団
                    日本オペラ協会合唱団
                  (管弦楽)東京都交響楽団
                      (指揮)大友直人
                              
   ~東京文化会館大ホールで収録~            
<収録:2011年11月23日>              
                              
【ドイツ語台本】中島悠爾                  
【校訂】ゲルトルート・フッセネガー

「ヴォツェック」のような凝縮されて長くないタイプの20世紀オペラ、とも言えるのでしょうけれど、愛国ものですし、むしろ、「ナブッコ」などヴェルディの初期オペラみたいな感じだなあ、などと思いました。

場面を簡潔に刈り込んでいるのも初期ヴェルディ風ですし、黛敏郎の当初の目論見は、若い頃のヴェルディみたいに燃焼度の高い音楽で、スパっと言い切るドラマだったのかもしれませんね。還暦を過ぎてなお、作曲するぞ、と構想を練るときの気持ちは若い。本当に書けるかどうかはともかく、気持ちは、「三人の会」でブイブイ言わせて、スポーツカーをかっ飛ばして、「饗宴」

晩年に入った黛にとって、左右両翼の政治闘争など何ほどのものだったろうか。彼は1996年という時点で、もっと大きな思想に目覚めていたようだ。彼が『古事記』の制作を通じて得たかったものは、そうした小競り合いにはまったく還元し得ないような、我々、日本人の生きる原理であった。あるいは、「日本人の」という限定をつける必要はないかもしれない。人間が人間としてあるために大切にしなければならない原理・・・つまりは太古の精神を、日本の神々にまつわる物語のなかで描き上げようとした。神話の世界においては、洋の東西にかかわらず、それほど遠い発想で隔

その音楽、その後は厳かな雰囲気を帯びながらも、思っていたよりも通俗的で、大勢集まったお客にとってもすぐに受け入れられ、共感を呼ぶタイプの音作りとなっていた。調性は曖昧だが、いつでも中心になる音がある旋法めいた音運びで、更に低音楽器や打楽器がしっかりと印象的なリズムを刻んでいるため、体で音楽を感じ、共感できる。その最たる場面は、第2幕、アメノウズメの踊りの音楽。土着的な激しさを感じるダンス音楽に、舞台上の群衆が一斉に手拍子を加えて踊りを盛り立てる場面は、プログラムにも書いてあった黛のストラヴィンスキー的な一面を色濃く感じさせた。

ドイツ語で歌われる神々の物語と言えば、誰もがワーグナーの「ニーベルングの指輪」を思い浮かべるだろう。聴きながらどうしても指輪と比べてしまった。

最も大きな違いは、物語の論理性の有無だ。西洋ゲルマン人の神話に基づく「指輪」は、起こる事件のすべてに論理的理由がある。ヴォータンが自分で指輪に手を出せないことも、ジークムントを見殺しにしなければならないことも、最愛のブリュンヒルデを火の山に閉じ込めて眠らせねばならないことも、全て確固とした理由があり、それが延々としかも論理的に語られる。そこに物語の説得力が生まれ、神々の心情と掟との相

黛氏は「古事記」を、愛と寛大さの物語として編集した。
オーケストレーションは現代的で、有名な「天岩戸に隠れるアマテラス」
をおびき出すための、祭りのシークエンスなどは、ストラヴィンスキーの春の祭典を
彷彿させる。パーカッシヴで、呪術的で、祝祭的。
放逐されたスサノヲの独白の歌も無調で、抑制された色彩感がある。
しかし、現代的なものが、そのまま古代的でもあるのだ。
調性というものを発見する前の、音楽以前の人の呼吸、血脈の鼓動、祈り、
それらが託されたハーモニーには、「やまと的なるもの」の疼きが感ぜられた。
何といったらよいか。厳しくもあり

プレミアムシアター歌劇「古事記」黛敏郎 - NAVER まとめ matome.naver.jp/odai/213382461…現代音楽だけど黛の曲は聴きやすい。しかし、ドラマとしてはどうか。起伏がなく平板、要するに対立軸が無いのだ。従って、エピローグ「愛が平和をもたらす」メッセージにも唐突感あり。

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