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さすがに酷すぎる歴史上の出来事

酷すぎる歴史上の出来事のまとめです。

更新日: 2012年10月06日

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win-winさん

◆ペスト

かつては高い致死性を持っていたことや罹患すると皮膚が黒くなることから黒死病と呼ばれ、恐れられた。14世紀のヨーロッパではペストの大流行により、全人口の三割が命を落とした。
ただし、現代英語で「pest」と言えば、ハエ、ダニ、あるいはイエネズミなどのような人間に害を与える小動物一般を指すので注意が必要。

◆サッカー戦争

1970年に開催予定であったFIFAワールドカップメキシコ大会の出場権を巡り、1969年6月8日にホンジュラスの首都テグシガルパにおいて、ホンジュラス対エルサルバドルの予選1回戦が行われた。結果は1対0でホンジュラスが勝利する。この際、熱狂的なサッカーファンであったエルサルバドルの18歳の女性がピストル自殺してしまう。彼女の葬儀にはエルサルバドルの代表選手や大統領などもかけつけるなど、一大イベント化し、国の威信をかけた6月15日にエルサルバドルの首都サンサルバドルで行われた2回戦でエルサルバドルは3対0で勝利し、最終戦に望みをつなぐ。
6月27日の最終戦でエルサルバドルは延長の末3対2で勝利する。試合直前、エルサルバドルは外交関係断絶を臭わせ、ホンジュラスを脅迫したが、試合に負けたホンジュラス側が断交を持って応じ、両国の関係は最悪の状況となった。

◆魔女狩り

かつて魔女狩りといえば「12世紀以降キリスト教会の主導によって行われ、数百万人が犠牲になった」というように言われることが多かったが、このような見方は1970年代以降の魔女狩りの学術的研究の進展によって修正されており、「もともと民衆の間から起こった魔女狩りは15世紀から18世紀までにかけてみられ、全ヨーロッパで最大4万人が処刑された」と考えられている。
「魔女」と称するものの犠牲者の全てが女性だったわけではなく、男性も「男性の魔女」ともいうべき形で含まれていた。

◆阿片戦争

◆少年十字軍

◆ファラリスの雄牛

ファラリスの命令によれば、雄牛は煙が馥郁たる芳香の雲となって立ち上るように設計されねばならなかった。雄牛の頭部は複雑な筒と栓からなっており、囚徒の叫び声が猛る雄牛のうなり声のような音へと変調される。雄牛の扉が再び開けられたなら、死体の焦げついた骨が宝石のように照りつく。実際にそれらはブレスレットとして仕立てられたともいわれている。

◆ルワンダ虐殺

◆アウシュヴィッツ

アウシュヴィッツ第一強制収容所はドイツ占領地のポーランド南部オシフィエンチム市(ドイツ語名アウシュヴィッツ)に、アウシュヴィッツ第二強制収容所は隣接するブジェジンカ村(ドイツ語名ビルケナウ)につくられた。周辺には同様の施設が多数建設されている。ユネスコは二度と同じような過ちが起こらないようにとの願いを込めて、1979年「負の世界遺産」に認定した。一部現存する施設は「ポーランド国立オシフィエンチム博物館」が管理・公開している。
この項では、ビルケナウに限定せず、アウシュヴィッツ全体について述べる。

◆リヨンの反乱

◆日本への原子爆弾投下

【1945年8月6日に広島市に投下された原子爆弾】

広島市への原子爆弾投下(ひろしましへのげんしばくだんとうか)では、第二次世界大戦(太平洋戦争)末期の1945年(昭和20年)8月6日午前8時15分に、アメリカ軍が日本の広島市に対して投下した原子爆弾(以下『原爆』と記す)に関する記述を行う。
これは実戦で使われた世界最初の核兵器である。この一発の兵器により当時の広島市の人口35万人(推定)のうち約14万人が死亡したとされる。
広島県、広島市などを指す「広島」が「ヒロシマ」とカナ表記される場合は、広島市への原爆投下の関連での言及が多い。


【1945年8月9日に長崎市に投下された原子爆弾】】

長崎市への原子爆弾投下(ながさきしへのげんしばくだんとうか)では、第二次世界大戦末期の1945年(昭和20年)8月9日午前11時02分に、アメリカ軍が日本の長崎県長崎市に対して投下した原子爆弾に関する記述を行う。これは実戦で使われた二発目の核兵器である。この一発の兵器により当時の長崎市の人口24万人(推定)のうち約14万9千人が死没、建物は約36%が全焼または全半壊した。
長崎県、長崎市などを指す「長崎」が「ナガサキ」とカタカナで表記される場合は長崎市への原爆投下を指すことが多い。

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