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実在したタイムトラベルした人達 これはすごい

タイムトラベルは可能である。実際に未来から来た人間がいる。様々な憶測があるが、タイムトラベラーは事実存在する。人間の想像することは全て実現するのだから。シュタインズゲートにも登場する実在したタイムトラベラー、ジョンタイター。

更新日: 2018年05月06日

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takashi22さん

シュタインズゲートにも登場するジョンタイター

2036年からやってきたタイムトラベラーを自称する男性ジョン・タイター

2000年にインターネット上に現れた、2036年からやってきたタイムトラベラーを自称する男性である。自分を1998年生まれだとした。複数の掲示板やチャットでのやりとりを通じて、タイムトラベルの理論や自身のいた未来に関する状況、未来人である証拠などを提示していった。タイターは、最初の書き込みから約4か月後の2001年3月に「予定の任務を完了した」との言葉を残し書き込みをやめ、現在は消息を絶っている。

ジョンタイターが書いたタイムマシンの設計図

ジョン・タイターが予言した2020年の日本地図

福島原発を考えると十分ありえるから怖い

未来人が株で大儲け

2003年1月28日、アメリカのアンドリュー・カールシンという名の男性がインサイダー取引の疑いで FBI に逮捕されました。
彼は、株の取引によって、800ドル(約8万円)の元手をわずか2週間で3億5,000万ドル(約340億円)に増やすことに成功したのです。
FBI に逮捕されたカールシンは4時間に渡り尋問されました。「なぜ短期間に巨万の富を築くことができたのか?」と捜査官に尋ねられたカールシンは、こんな驚くべき答えを返しました。

「私は2256年からやってきたタイムトラベラーです。」

カールシンの話によると、2256年の世界で、この時代に株が乱高下することはよく知られた事実なので、株式市場の歴史を知っている人は、全員、その知識を利用して金儲けをしているのだそうです。

カールシンは次のように語っています。

「誘惑に抗しきれなかったんです。初めのうちは、もっと自然な取引に見えるよう計画していました。ここで損をして、あそこで損をして……というように、完ぺきに見えないようにするつもりだったんです。でも、その時の興奮に飲まれてしまったんですよね。」

カールシンは、自分の言い分が正しいことを証明するために、アメリカがイラクに侵攻する日を予言しました。その予言は的中しました。彼はまた、オサマ・ビン・ラーデンの居所と、エイズの治癒方法を教えることを申し出ました。彼はとにかく釈放され、自分のタイムマシンに戻りたい一心だったのです。

タイムマシンについて尋ねられたカールシンは、その所在地と、タイムマシンの仕組みについて語ることを拒否しました。というのも、タイムトラベルの技術が悪者の手に渡る可能性を危惧したためです。

当然のことながら、FBI はカールシンの話を鵜(う)のみにしませんでした。しかし、FBI が2002年12月以前の彼の行動をたどろうとしたら、誰一人として関連情報を得ることができませんでした。

カールシンが未来からやってきたという記事は、2003年2月25日付けのアメリカの大衆紙『ウィークリー・ワールド・ニュース』に掲載されました。その後、この記事は Yahoo ニュースといった主要メディアで引用されました。

その後のインタビューによると2003年3月に釈放され、カナダへ移住し、株取引で得た莫大な資金を元手に会社を経営していた。カールシンいわく、「当局との合意により釈放された」と言う。

日本でも2003年の宝塚記念で2億円当てた男がいた!:競馬:

こちらの話も上の株取引の話と似ている。軍資金50万円から始めて3度のレースを全て的中させて2億円手にしている。共通するのは勝った金額を全額次のレースに投入しているのだ。まるで当たることが分かっていたかのようである。

50万→130万→1200万→2億 

※例えば50万円が万馬券で2億円になったなら運がいいで片付くが、
この男性は50万→130万→1200万→2億 を全て単勝一点買いして2億円得たのだ。

2003年の宝塚記念において、馬券で2億円を的中させた男性がいたと騒然となった。30代のサラリーマン、金持ち風の男性、色々な噂が飛び交ったが実はこの男性は、日本ダービーから単勝馬券を当て続けていた。

 事のはじまりは2週前の日本ダービー。男性は消費者金融で50万円を借りたという説が流れた。それも競馬の為に借りたのだ。その軍資金を手に日本ダービーに出向く。そこで2.6倍に支持されていたネオユニヴァースに全額単勝馬券をに突っ込んだところ、見事に的中。130万円を手に入れた。続いたのが翌週の安田記念。ここでは、9倍近いオッズが付けられていた4番人気アグネスデジタルに全額突っ込んだ。何という勇気w。しかし、このアグネスデジタルが何と激走し1着。続けざまに馬券が的中した。そして今回のニュースとなった宝塚記念では全ての金額をヒシミラクルに投じた。大金が動いたため、一時的ではあるが、ヒシミラクルが1番人気に躍り出た。男性が受け取った額は約2億円。
これは優勝馬に支払われる金額よりも多かった。この話を聞いた優勝ジョッキーも「私以上の勝負師。すばらしい」と感心するばかりだった。この男性は「ミラクルおじさん」や「2億円おじさん」と呼ばれるようになった。

サン・ジェルマン伯爵

サン・ジェルマン伯爵が歴史の中に登場してくるのは1710年~1822年まで幾度となく目撃情報がある。しかも彼の容姿は何十年経っても全く変わらなかった。

彼はすべての言語を話すことが出来たといわれる。

彼が最初に登場するのは1710年。

フランスの音楽家ジャン・フィリップ・ラモーは彼についてこう記している。

「彼は不思議な人物だ。 50歳くらいに見えるが、もっと若いかもしれないし、 もっと年をとっているのかもしれない。 おそろしいほど話題が豊富で、ついつい話に引き込まれる。 彼と話していると、なんだか時間を超越した世界に生きているような気がしてくる」

それから約40年後、彼は現れた。

彼が現れた場所はパリの昼食会。

この時に彼と話した人物はやはり50歳前後に見えたという。

カザノヴァは彼について「回想録」の中でこう述べている。

「彼は私の度肝を抜くようなことを口にした。 ダイヤを溶かしてそれから最も美しい透明度を持つダイヤを 1ダースくらい作ってみせるとか、 特殊な秘薬のおかげで何も食べる必要がない、 などというのである。そして、本当は自分は300歳なのだともいう…」

事実、昼食会でも彼は何も口にしなかったという。

また、フランス国王ルイ15世のダイアモンドの傷を 実際に直したという。

彼は昼食会で自分のことをこう話している。

「私は今から200年以上も前、 スペイン国王フェルナンド5世の大臣をしていた。 バビロニアにいたころは、ネブカドネザル大王が建設したバビロンの都にも行きました」

そして相手が信用しない場合はあらゆる証拠を示したという。

一説に彼は1780年前後にドイツのシュレスヴィッヒ で死んだといわれている。

だが…

証拠が全くない。また、その後も発見報告が続いている。

最後に発見されたのは1822年にインドに旅立つところだった。

彼の執事のロジェはサン・ジェルマンについてこう話していた。

「ご主人様は誰にでも自分は4000歳だとおっしゃるのです。 私はこちらにつとめて100歳ほどにしかなりません」

サン・ジェルマン伯爵。 なんとも謎めいた話だが、若返りの秘薬を使用したという噂や タイムトリッパーなのではないかと一部では囁かれている。

1940年の写真に写りこんだ現代風の男

1940年と言えば、日独伊3国同盟が成立し、ナチス・ドイツのフランス侵攻、イタリアがイギリス、フランスに宣戦布告するなど、激動の年だったわけだが、その時代に撮影されたと思われる1枚の写真に、その時代とは似つかない風貌をした男の姿が映っているとしてちょっとした話題となっていたみたいなんだ。

画像右に写っているサングラスをかけた男性に注目してもらいたい。

周りの人々とは明らかに違った服装をしており、小型カメラのようなものも携帯している。

来年の年号が刻印された硬貨見つかる(2010年当時)

英国ハンプシャー州フェアラムに住むサラさん(17)は、昼食を買ったおつりの中に2011年と刻印されたコインを見つけて驚いた。
 法医学者を目指しているサラさんはフェアハム大学で昼食を買い、おかしなことに気づいた。「学校で食べ物を買って、おつりのコインがとてもキラキラしているのに気づきました。よくみると、未来に来たような気分になりました。コインには2011年とかいてあったんです。」「びっくりして友達に見せてまわりました。鋳貨局がへまをしたようです。」と彼女は語る。サラさんはこのコインを現金化して学費に充てるとしている。

ポーツマスのコインの専門家、ロブ・デイビスさんは「非常に珍しいものです。彼女はこれをとっておくべきでしょう。いくらの価値があるかわかりませんが、特別なものです。」と言う。鋳貨局の広報は「非常にまれなことですが、完全な法定通貨です。特別なものです。」と語っている。

2011年と刻印されたコイン

1940年代の8mmフィルム。  携帯電話で写真を撮る夫婦

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