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【動画】ハーバード大学マイケル・サンデル教授のJustice全編 【英語字幕有】

NHK「ハーバード白熱教室・マイケル・サンデル教授のJustice(正義)」のYOUTUBE動画全12回!第6回まで英語字幕がついています。 (Justice: What's The Right Thing To Do?)

更新日: 2014年08月23日

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この記事は私がまとめました

▼マイケル・サンデル教授のハーバード大学伝説講義とは?

創立1636年、アメリカ建国よりも古いハーバード大学の歴史上で
履修学生の数が最高記録を更新した授業があります。

政治哲学のマイケル・サンデル教授のハーバード大学伝説講義の
「Justice(正義): What's The Right Thing To Do?」!

毎回1000人を超える学生でいっぱいです。あまりの人気ぶりに
ハーバード大学では、授業非公開という原則を覆し、この授業の
公開しました。

ハーバード大学の授業が一般の目に触れるのは、史上初。

その公開された授業内容は動画にされYOUTUBEにアップロード
されています。

ハーバード大学はさらに第6回まで動画に会話の英語字幕をつけて
くれています。


今のアメリカの生きた英語を学ぶ絶好の教材かもです♪
2010年NHKにて「ハーバード白熱教室」というタイトルで放送。

▼第6回まで英語字幕がついています

第1回「殺人に正義はあるか」 
Lecture1 犠牲になる命を選べるか
あなたは時速100kmのスピードで走っている車を運転しているが、ブレーキが壊れていることに気付きました。前方には5人の人がいて、このまま直進すれば間違いなく5人とも亡くなります。横道にそれれば1人の労働者を巻き添えにするだけですむ。あなたならどうしますか?サンデル教授は、架空のシナリオをもとにしたこの質問で授業を始める。大半の学生は5人を救うために1人を殺すことを選ぶ。しかし、サンデル教授はさらに同様の難問を繰り出し、学生が自らの解答を弁護していくうちに、私たちの道徳的な根拠は、多くの場合矛盾しており、そして、何が正しくて、何が間違っているのかという問題は必ずしもはっきりと白黒つけられるものではないことを明らかにしていく。
Lecture2 サバイバルのための殺人
サンデル教授は、19世紀の有名な訴訟事件「ヨットのミニョネット号の遭難事件」から授業を始める。それは、19日間、海上を遭難の後、船長が、乗客が生き残ることができるように、一番弱い給仕の少年を殺害し、その人肉を食べて生存した事件だった。君たちが陪審員だと想像して欲しい。彼らがしたことは道徳的に許容できると考えるだろうか?この事例を元に、哲学者、ジェレミー・ベンサムの功利主義「最大多数の最大幸福」についての議論を戦わせていく。

第2回「命に値段をつけられるのか」
Lecture3 ある企業のあやまち
ベンサムの功利主義の中心となる考え方である「効用の最大化」、つまり最大の喜びをもたらすものこそ最善である、という論理をさらに具体的に考える。「すべての便益の合計から、代償を差し引いたとき、幸福が苦痛を上回るだろうか」というこの論理は、「費用便益分析」という名で、昔から企業や政府でよく使われてきた。サンデル教授は、事例をいくつか挙げる。政府がたばこの消費税率を上げようとした時、あるたばこ会社は費用便益分析を行い、「政府は、国民の喫煙によって得をする」という結論を出した。1970年代には、アメリカの自動車メーカーが、人の命に値段をつけて、リコール問題における費用便益分析を行った。多数派が残酷で、卑劣であっても、私たちは常に多数派の幸福をより重視すべきなのだろうか?すべての価値をお金のような共通の基準を用いて足し合わせ、比較することは可能なのだろうか?
Lecture4 高級な「喜び」 低級な「喜び」
サンデル教授はもう一人の功利主義の哲学者、ジョン・スチュワート・ミルを紹介する。ミルは、道徳性の高さは効用の大きさで決まると考え、「望ましいものとは、実際に人が望むものである」と述べた。さらに、功利主義が高級な喜びと低級な喜びを区別することが可能だと論じている。区別する方法とは、両方を経験した人が選ぶほうが、より好ましい喜びだ、というのだ。その実証のため、サンデル教授は学生たちにシェイクスピアと、人気のアニメやTV番組を比較させる。さて、高級な喜びに選ばれたのは・・・?

第3回 「「富」は誰のもの?」
Lecture 5 課税に「正義」はあるか
アメリカでは、所得層の上位10%が富の70%を所有している。アメリカは、民主主義国の中で、富の分配については、もっとも不平等な社会の一つである。さあ、これは公正か不公正か?サンデル教授の質問から議論が始まる。その中でリバタリアンの哲学者、ロバート・ノージックを紹介する。リバタリアンの理論によれば、政府の介入が最低限に抑えられた最小国家のみが正当化され、政府は(1)人間を自分たちから守るような法律(シートベルトを強制する法律など)、(2)社会に道徳的価値観を押し付ける法律、(3)富める者から貧しい者への所得を再分配する法律、を制定する力を持つべきではない。サンデル教授はビル・ゲイツとマイケル・ジョーダンの例を挙げ、税金による再分配は強制労働と同じであるというノージックの理論を説明していく。
Lecture 6 「私」を所有しているのは誰?
アメリカには私立の消防会社がある。消防会社に登録し、年間の会費を払うと、家が火事になったら、やってきて消火してくれる。しかし、彼らは誰の火事でも消してくれるわけではない。このビジネスから始まり、リバタリアンの哲学者、ロバート・ノージックの論を紹介する。彼は貧困層の住宅、ヘルスケア、教育のために、富裕層に税金を課すのは一種の強制だと主張する。学生たちは大反論する。再分配のための課税は必要だ。貧しい人の多くが暮らすためには、社会福祉が必要なのではないのだろうか?しかし、累進課税システムの社会に生きていたら、税金を払う義務を感じなくなるのだろうか?多くの場合、お金持ちの多くは、富をまったくの幸運か、一族の財産として獲得しているのではないか?この授業では、学生からなる「リバタリアン・チーム」が、これらの反論に応え、リバタリアンの哲学を弁護する。

第4回 「この土地は誰のもの?」
Lecture 7  土地略奪に正義はあるか
哲学者、ジョン・ロックは、個人はある一定の権利を持っており、その権利は非常に根源的なものであるため、いかなる政府も取り上げることができないと信じている。生命、自由、そして財産に対するこれらの権利は、人間としての私たちに、政府や法律が作られる前の「自然状態」の中で与えられた。ロックによれば、私たちの自然権は理性によって分かる自然法が支配しており、私たちは自然権を放棄することも、人から取り上げることもできない。サンデル教授は、次の問題を提起して授業を締めくくる。私たちが一旦社会に入り、法のシステムに同意すると、私たちの自然権はどうなるのか?
Lecture 8  社会に入る「同意」
私たち皆が、不可分の生命権、自由権、財産権を持っているとしたら、どうして政府は、単なる多数派の代表によって可決された税法を実行することができるのか?それは人々の財産を同意なしに取り上げるのに等しいのではないか?ジョン・ロックの答えは、私たちは、社会の中で生きることを選択するときに、過半数により可決された税法に従うことに「暗黙の同意」を与えているという。したがって、課税に際し恣意的に誰かを選ぶのではなく、皆に適用される限り、課税は正当なものであり、個人の基本的な権利の侵害にはならない。

第5回 「お金で買えるもの 買えないもの」
Lecture9 兵士は金で雇えるか
政府は国民を徴兵し、戦場に送ることができるのか?徴兵に市場システムを組み合わせるのは正義か?兵士を確保するための3つの方法、すなわち志願制、徴兵制、傭兵制について議論する。給料をもらうために兵役につく「志願制」は一見自由な選択に見える。しかし、経済的機会に恵まれないから軍隊に入らなければならないのなら、それは「強制」なのではないか?そもそも、兵役は愛国心にかかわる市民の義務なのではないか?では、そこには「同意」があるのか・・・?
Lecture10 母性売り出し中
人間の生殖における市場の役割、つまり、卵子や精子は、金のために売買されるべきかどうかを考える。1980年代におこった代理母の「ベビーM訴訟」を例に、激論が交わされる。営利目的に代理母になった女性の「同意」は有効かどうか・・・?このケースで裁判所は、文明社会には金では買えないものがある、という決断を下した。市場原理を際限なく広げていくとどんな社会が生まれるのか。サンデル教授は、ある種のものは、利用できなくても価値があり、単なる利用よりも崇高な方法で適切に評価されるべきだという結論に導く。

第6回 「動機と結果 どちらが大切?」
Lecture11 自分の動機に注意
ここから3回に渡って、このコースで最も難解だが、重要なイマヌエル・カントの思想を検証していく。カントは功利主義を否定した。私たち一人一人は、効用の最大化に勝る、ある種の基本的な義務と権利を持っていると論じる。カントはまた、結果を計算した上での道徳的行為を否定する。私たちが、義務から行動したときのみ、それが正しいからという理由で行動した場合のみ、私たちの行動は道徳的価値があるというのだ。カントは、店主がお釣りをごまかす機会を、自分のビジネスへの影響を心配して逃す例を挙げる。カントによれば、店主の行動には道徳的な価値はない。彼は正しいことを間違った理由のために行ったからだ。
Lecture12 道徳性の最高原理
カントによれば、私たちの行動に道徳的価値がある場合、その道徳的価値を与えるのは、自分の利益や性向を乗り越え、義務から行動する私たちの能力である。サンデル教授は、スペリング・コンテストで優勝した13歳の少年が、審判に、自分が本当は最後の単語のスペルを間違えたことを告白した実話を伝える。この例などを用い、教授は、ある行動が道徳的に正しいかどうかを判断するカントのテストを説明する。私たちの行動を突き動かしている原則を特定し、その原則が人間誰にとっても通用する普遍的な法になり得るかどうかを尋ねていく。

▼第7回以降は英語字幕はついていません

第7回 「嘘をつかない練習」
Lecture13 「嘘」の教訓
カントの厳格な道徳性の理論は、どのような例外も許さない。彼は嘘をつくことは、たわいのない嘘であっても、自己の尊厳を損なうと信じていた。サンデル教授は、次の架空の状況を設定し、学生たちに投げかける。友達があなたの家に隠れていて、その友達を殺そうとしている人があなたの家の玄関にやって来た。友達はどこにいるのかと尋ねられたあなたは、嘘をつかずにどう切り抜けるのか。サンデル教授は学生たちの答えから、「誤解を招く真実」の議論へと展開する。「嘘をつくこと」と「嘘ではないが誤解を招く表現」には大きな隔たりがあると言うのだ。そして講義を、真実をごまかしたもっとも有名な例、クリントン大統領がモニカ・ルインスキーとの関係を説明したビデオ・クリップで締めくくる。
Lecture14 契約は契約だ
政治哲学を現代に復活させた、ジョン・ロールズの「正義論」を取り上げる。ロールズは「無知のヴェール」という概念を考え出した。それは、誰もお互いに年齢、性別、人種、知性、強さ、社会的地位、富、宗教、そして人生の目的さえも知らない、仮説的な原初状態である。その「無知のヴェール」の背後で交わされた合意こそが、正義の原則であるとロールズは言う。一体この「無知のヴェール」は現実世界においてどう考えればいいのだろうか。サンデル教授は、実際の契約が不公平な結果を生む、ユーモラスな例をいくつか挙げながら、公平な合意とは何かを議論していく。

第8回 「能力主義に正義はない?」
Lecture15 勝者に課せられるもの
富の分配について考える。ジョン・ロールズは、努力に報いる分配システムである能力主義は、不公平であると主張する。なぜなら、生まれながらに才能があっても、努力の成果として才能を獲得したわけではないからだ。それは生まれてきた順番のような恣意的な要素によるところが大きいため、自分の功績だと主張できないと言うのだ。では富の平等な分配とはいかなる方法なのか。ロールズは「格差原理」を提唱する。「格差原理」とは、最も恵まれない人々の利益になるような社会的・経済的不平等だけが認められるという原理である。教授は、学生に第一子であるかどうか手を挙げさせて、ロールズの論点を立証していく。
Lecture16 私の報酬を決めるのは・・・
人生における所得、富、そして機会がどのように分配されるべきかについて、これまでの授業で登場した三つの理論、リバタリアニズム、能力主義、ジョン・ロールズの格差原理をまとめる。そして教授は、現代社会における、給与の違いの公正さの議論を始める。たとえば、元最高裁判事のサンドラ・デイ・オコーナーの給料(20万ドル)とテレビ番組の出演者・ジュディ判事の給料(2,500万ドル)を比較し、これは公平かと問うていく。成功するために一生懸命、長時間努力した個人の努力はどのように評価されるべきだろうか?

第9回 「入学資格を議論する」
Lecture17 私がなぜ不合格?
アファーマティブ・アクション(積極的差別是正措置)を議論する。サンデル教授は、1996年にシェリル・ホップウッドが起こした訴訟を取り上げる。彼女はテキサス大学ロースクールを受験したが、白人女性である彼女は、合格したマイノリティの出願者よりも成績がよかったにも関わらず、不合格となった。サンデル教授は、アファーマティブ・アクションの是非を議論していく。私たちは教育環境の不平等を是正するために、人種を考慮するべきなのか?そのような方法で、奴隷制や人種差別のような歴史的不正を償うべきなのか?人種など多様性を増すという大学側の論理によって、白人を不合格にすることは権利の侵害になるだろうか?
Lecture18 最高のフルートは誰の手に
古代ギリシアの哲学者アリストテレスの正義論を紹介する。アリストテレスは、正義とは人々にふさわしいものを与えることだと考える。正しい分配をするためには、分配される物の目的を考えなければならないと論じる。最高のフルートは、誰の手に渡るべきだろうか。アリストテレスの答えは、最高のフルート奏者である。すばらしい演奏がなされることが、フルートの目的だからだ。目的から論じることは、正義について考えるには不可欠だ、と言ったアリストテレスの正義論を理解した上で、サンデル教授は再度、アファーマティブ・アクションの是非の議論を振り返る。

第10回 「アリストテレスは死んでいない」
Lecture19 ゴルフの目的は歩くこと?
アリストテレスは、政治の目的は、市民の美徳を促進し、高めることだと主張する。国家や政治共同体のテロス(目的)は、「善き生」を実現することだ。そして、その共同体の目的にもっとも貢献する市民が、もっとも報いられるべきだと言う。サンデル教授は、アリストテレスの正義論から、現代のゴルフについての議論に展開していく。足に障害のあるゴルファー、ケーシー・マーティンが、ツアーでゴルフカートの利用を拒否されてPGA(全米プロゴルフ協会)を訴えた訴訟を題材に、「コースを歩く」ことはゴルフの目的なのかを議論、アリストテレスの目的論が現代においても大きな意味を持つことを明らかにしていく。
Lecture20 奴隷制に正義あり?
アリストテレスの考える正義とは、「適合」ということである。つまり、美徳や卓越性を備えた者は、それにふさわしい役割を与えられなければならないのだ。アリストテレスは奴隷制を擁護した。政治を論じ合うため、市民は、単純作業や家事から解放されなければならず、その雑用を引き受ける存在が必要だからである。さらには、生まれつき統治されることに適した人間がいるとまで言い切っている。人間には、自分自身の役割を決める自由があるのではないか。サンデル教授は、アリストテレスへの反論を検証しながら、その哲学は本当に、過度に個人の自由を制限しているかを議論する。

第11回 「愛国心と正義 どちらが大切?」
Lecture21 善と善が衝突する時
いよいよ今回から、サンデル教授自身の思想「コミュニタリアニズム」を取り上げる。これまで議論をしてきたカントやロールズにとって、道徳的な義務は2種類しかない。一つは、人として人を尊重するといった人間に対して負う普遍的な義務、もう一つは、約束や契約など同意したことによって生じる義務である。これに対しコミュニタリアンは第三の義務があると考える。集団の構成員としての義務である。私たちは自分たちの家族や町、国から、アイデンティティを受け継いでいるからだ。しかし、私たちの家族やコミュニティに対する義務が、人間にそもそも課せられた普遍的な義務と衝突したらどうなるのだろうか?たとえば、溺れている2人の老人がいる。ひとりは自分の親、もうひとりは赤の他人。自分の親を真っ先に助けることをサンデル教授はどう説明していくのか。
Lecture22 愛国心のジレンマ
コミュニタリアンの主張である、コミュニティの構成員であることや、連帯から生じる義務についてさらに論じていく。サンデル教授は、愛国心がコミュニティから生じる道徳的な義務なのかどうか、賛成意見、反対意見についての議論を導く。私たちは、自国民に対して、他の国の国民に対してより、責任があるのだろうか?愛国心は美徳なのか、それとも同類への偏愛なのか?正義とは、ただ単にその時代、そのコミュニティでたまたま是とされる価値観や伝統から作られる、限定的なものに過ぎないのだろうか?さまざまなシナリオを用い、愛国心に代表される、忠誠心から生まれた義務が、正義の普遍的な原理を越えることがあるか否か、白熱の議論を展開していく。

第12回(最終回)善き生を追求する
Lecture23 同性結婚を議論する
前回に引き続き、サンデル教授自身の「コミュニタリアニズム」の思想を深めていく。カントやロールズなど近代の思想家たちは、「善」や「美徳」と言った倫理的な問題は、今日、人々が意見の一致を見ることはなく、権利や義務という、人々が合意できる領域で議論を構成していくべきだと考えてきた。しかしサンデル教授は、正義を考えるにあたり、「善」を考えることこそが最も重要だと主張する。そのために今回取り上げる題材は、「同性結婚」。教室では、結婚の目的、つまりテロスは生殖であるということを理由に反対する意見、一方、不妊のカップルが結婚できる以上、結婚のテロスは生殖ではないと、同性結婚を認めるべきだという賛成意見が激突する。その議論からサンデル教授は、正義を考える上で、善について議論することは避けられないという考えを導いていく。
Lecture24 正義へのアプローチ
サンデル教授は、同性結婚についてマサチューセッツ州の裁判所が下した判決を紹介し、道徳的な問題に中立の立場をとりながら、同性結婚を支持、あるいは否定することはできないと主張する。そして、同じように、正義と権利の議論において、善について論じることは避けられないことを強調する。「善とは何か」、「正義とは何か」。歴史上多くの偉大な思想家たちが探求してもなお、永遠に解決できない問いに、なぜ私たちは取り組まなければならないのか。サンデル教授は、その答えを明らかにしながら、感動的に講義は締めくくられる。

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