1. まとめトップ

挫折しまくり ”壮絶すぎるゴッホの人生”

今では評価の高いゴッホの絵画だが、生前は一枚しか売れなかった。彼の人生の挫折の多さは笑ってしまうレベル。歴史的ニート。太宰治もそうだけど才能のあるやつはダメな奴が多いのも事実。

更新日: 2015年08月29日

takashi22さん

  • このまとめをはてなブックマークに追加
260 お気に入り 798688 view
お気に入り追加

ゴッホほどに挫折と失恋と失敗が多い人がいるだろうか。
あまり知られていないゴッホの半生。
もしあなたが人生に挫折しても「ゴッホよりはまだマシ!」と思えば生きていけるはず。

↓↓↓↓ではスタートです↓↓↓↓

画家になるまで

1853年3月30日ゴッホは六人兄弟の長男として生まれる。

15歳の時ティルブルフの中学校に進んだが、成績上あるいは家庭の経済上の理由から、中学を中退する。

16歳でグーピル商会のハーグ支店に就職。グーピル商会は、パリに本店を、ハーグ、ブリッュセル、ロンドンに支店を置く大美術商である。

のちに弟テオもグーピル商会に就職する。

19歳の時ゴッホはロンドン支店勤務を命ぜられ、しばらくパリに滞在したのちロンドンに下宿する。
下宿先の娘ウージェニーに恋するが、彼女には婚約者がおり、失恋。

21歳の時。失恋のせいで仕事に支障が出てパリの本店に転勤させられる。

しかし店の仕事に身が入らず、支配人や他の店員との関係は悪化する。友人もなく、自分の世界にこもり、クリスマスに無断欠勤し実家に帰り22才の時に解雇される。

その後、イギリスの学校でフランス語とドイツ語を教えるが、急に宗教活動に目覚める。

父親が牧師なのも影響していると思う。

24歳。その後、書店で働くも、仕事に全く身が入らず。大学で宗教関連の勉強がしたくなってギリシャ語、ラテン語を学んだが、挫折。大学入学を断念。

しかし宗教の道を諦めきれず、伝道師学校に入るが伝道師の資格を得る事ができなかった。

それならばと、ベルギーの炭鉱地帯で勝手に伝道師の活動を行う。

その活動が伝道師委員会に認められる。が活動が熱心すぎて半年後には却下される。

画家になってから

伝道師をクビになり26歳で画家になる事を決める。絵の勉強を始める。

画商をしていた経験もあり、弟のテオも画商だった。

※ここから先は生涯、弟のテオの仕送りで生活します。

ゴッホは画家としての収入は無いし、他に仕事もしないので一生弟に食わせてもらいます。
ゴッホのよき理解者として生涯文通も交わしてます。ここから完全ニートです。

27歳の時従姉に恋して求婚するが拒絶される。

子持ちの未亡人の従姉です。

29歳支援者も現れ本格的に画業をはじめるがハーグで子持ちの娼婦と恋に落ち同棲。性病をうつされ入院。その間娼婦との間に子供が生まれる。

もちろん支援者には愛想つかされ離れてった。

弟テオに娼婦との生活を清算しろと説得されて、環境を変えるため一人ドレンテに引っ越す。

しかし孤独に耐え切れず、ドレンテでの生活を早々に引き上げ実家に帰る。

さみしがりやさん。

隣の家の39歳の女性と恋に落ちたが(ゴッホ29歳)、両家の猛反対により、悩んだ女性は自殺してしまう。

年上が好きなんだね。

30歳の時、ゴッホが絵のモデルとして使っていた農家の娘の妊娠問題が原因で(はらませた?)、モデルを得ることが難しくなってベルギーに引っ越す。

以後オランダの地を踏むことはない。

ベルギーのアントワープの美術学校に入学するが、教師としばしば衝突し、3ヶ月でやめて弟テオのいるパリに引っ越す。

引越し過ぎ。w

弟テオの家に居候。近所のカフェの女主人と知り合い、親密な関係となる。

こりずに。。。

しかし大都会の喧騒の中でゴッホは次第に神経をすり減らし、特に冬場は体調を崩して、アルコールに依存するようになる。

34歳頃。そんなゴッホに弟テオも共同生活に限界を感じパリを追い出される。

新しい生活を求めて、南仏アルルへ向け、パリを去る。

1 2





takashi22さん