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職場で「お前のせいでパンダが死んだ」って部下を理不尽に責めてるおっさんがいるけど、それがいじめに繋がらないのは、全員が発達障害もちで自由で、誰ひとり空気読まないから。「お前のせい」って言う人は割と本気だし、言われてる人も本気で「自分のせいか。俺スゲエ」って言ってて今日も平和です。

(9人中9人が発達障害者、ってある意味すごく攻性の組織)

今の職場、オフィスの全員が発達障害者。いじめがなく、やたら仕事の進みが早く、余計な詮索や馴れ合いがない秘訣を観察していて気づいた。 まず、それぞれの長所と短所を全員が相互に把握しており、長所は存分に活用し、短所は補える誰かが補う仕組みになっている。

「こういう企画をやりたい」と誰かが言うと、ほかの人が意見する。「お前、それやるなら偉い人に会わなくちゃいけないから、自閉症治してからにしろ。無理だから◯◯さん(健常者)連れてって挨拶を任せろ」「ハイ(嬉しそう)」←会議などない。これで企画は通過。あとは凄まじい精度で実現される。

怪しい挙動により誰かが言いがかりをつけられても、ズバズバ物を言うアスペルガー上司が、いつも矢面に立つ。「君のところのスタッフ、おかしいよ」「おかしいとは?具体的になにかご迷惑をかけましたか?」「とにかく声が大きいから困るよ」「困るのはどなたですか?」「それはその…」といった調子。

必ず守られるシステムの内側で、スタッフは安心して自分の専門領域の取材執筆に没頭できる。過集中だから仕事は速く、正確。チックや独り言、唸り声なんて誰も気にしない。仕事さえ捗れば問題ない。上司は誰にも負けないし、譲りもしない。社会や会社のペースに巻き込まれず、独立している。

スタッフは私も含めてみんな、一人で普通の会社にいたらなんとなくハブられるタイプ。「なにあの人w」「またブツブツ言ってるw」などと笑われるのは必至。仕事に集中しすぎて立ち居振る舞いにまで意識が及ばない。及ばないから異質になる。異質なものは奇異の目で見られる。

そんな『異質な存在への排他意識』が作用する一般的な職場と異なり、この職場では全員がそれぞれにかなり異質なため、その特性を生かした仕事を互いに割り振るシステムが完成している。

A「◯◯さん、どこそこから電話だよ」 B「……」 C「◯◯さん今集中してる」 A「もしもし、あとで折り返します」 こうしたやりとりが五秒以内で完結する。集中したら聞こえない体質や、困ると身体を揺する体質など、みんなわかっているので補い合える。誰も誰かをからかわない。

からかわないが、本当のことは言う。「机片付けなさい、ADHD」「出かけるぞ、落ち着けチック」などと、最初は耳を疑ったが、みんな特徴的な症状が出ると、そこを口にして指摘する。そうすることで、「これは散らかっている状態なのか」とか、「あ、いま頭揺すってた」といった事実を客観視できる。

誰も自分の症状のことで誰かに相談することはない。私は入社してすぐに「アスペルガー」「ADD」の二通りの言動パターンがバレて、ひどい時はそれを指摘される。「こら、文章が小難しいぞアスペ」「論文から戻ってこいADD」などと言われる。こんがらがる表現と過集中が周知となっている。

「ああああへへへへんしゅうちょ」「俺はここにいるからな、まずは息をしろ」「(笑)」という日常的なやりとりの中で、誰も申し訳なさそうな顔をしない。むしろみんな少しはにかみながら、楽しそうにしている。実際、なにも取り繕わずにやりたいことを懸命にやれる環境は、楽しい。

ちなみに全員が、コピー用紙一冊分くらい、書けと言われればその場で書き尽くせる程度に専門領域の知識がある。それぞれに歩く辞典。知識は極めて正確かつ主観を挟まないため、互いの領域が重複して議論になっても「程度問題」「確かに」といった短い会話で、知識の同期はつつがなく終わる。

特筆すべきは「ありがちな無駄のなさ」。基本的にみんな他人に興味がないから、噂話・悪口・憶測など、「人間の話」が皆無だ。結婚は?子どもは?実家はどこ?どこの大学出たの?そんなの誰も訊かないし、知らない。交わされるのは、仕事に必要な会話のみ。なにも困っていない。

過日、この部署で飲み会があった。「歓迎会のため夕方◯時に居酒屋◯◯」と共有され、全員がその時間に間に合うようにそれぞれ単独で会社を出て歩き(互いに近くを歩いても話さない)、着くと、「とりあえずビール」とかではなく、全員が頼みたい飲み物とつまみを一つずつ頼む。料理のシェアはしない。

料理の余りは出ない。自分が食べられる分を頼んでいるわけだから、当然そうなる。隣の人のを見て「おいしそう」と思ったら、「分けて」ではなく追加注文。実にスマート。 酒の強要などあるわけがない。飲みたいペースで飲み、酔いたいペースで酔う。

飲み会での会話は職場のそれと一緒だ。大好きな専門領域の話を語りたい人が語り、聞きたい人が聞く。 飲み会の後は、居酒屋の出口で全員がはぐれた。それぞれ「一人二次会」に行ったり、行かなかったり。一緒に帰ろうとか、誰か待とうとか、余計な気遣いは上司にも部下にもナシ。待ち時間、全員ゼロ。

全員発達障害により、どこか認識がおかしい。妄想に取り付かれていたり、見えない敵と戦っていたりして、「は?」と思う発言をすることがある。そんな時の対処はただひとつ。「妄想出てるよ」「…」。納得いかなくとも、それが合図で主張は止む。例えば「お前のせいでパンダが死んだ」みたいなやつ。

仕事の完成度は高いが、それでも稀に間違えることもある。印刷直前にミスに気づき、文字校の人が激怒するような修正をかけることもある。そんな時、本人は少し落ち込むが、「こういう経緯でこういうミスが発生した」と報告、改善策を共有。見えるところにそれが貼られ、二度と同じミスは起こらない。

過去のミスやトラブルについて、グダグダ詰り続ける人はいない。過ぎてしまったことは仕方がない。対策すれば済む話だ。そんな当たり前のことが実現できている。

空気は、見えない。そんな不可視のものを見たり読んだりする努力は不要だ。信じられるものだけを見ればいい。新聞を作る私たちが信じられるもの、それは「文字・写真・当事者・現場」。少しでも信じられなかったら、疑う。自分の目で確かめる。確かめられないなら、書かない。それが、この職場の約束。

@askanuma ケショウシタジとかキャミソールとかアイシャドウといった美容シソーラスは、実用性に紐付けて叩き込んだ。仕事でミスるわけにはいかないし、女は見た目で「やり過ぎずやらな過ぎない」ハイレベルな偽装を求められるから。楽しくはない。自分には無価値な、ただの必要な外形情報。

子どもが発達障害で、集中しちゃう領域が怪しくても、お母さんたち心配しないでください。私も専門は胡散臭い分野だけど、そのことで誰にも迷惑かけてませんし楽しく人生歩んでます。好みを捻じ曲げるのではなく、好みを生かす学問や職業に進むのを許してほしいと思います。これが私たちの普通だから。

発達障害者しかいない私の職場では、全員が同時に過集中タイムに突入していることがある。そのため、決済や相談、提案などは、相手の意識がある時に済ませる。決定事項・共有事項はホワイトボードに書いておく。不測の事態で急ぎの処理が必要な時には、体揺すってこっちに戻す。滅多にしないけど。

みんなだいたい始業と同時に過集中になって文字の海にダイブして、昼に意識取り戻してばらばらとゴハン食べに行き、午後はまた過集中して、気がつくともう夜。いいペース。デスクにいる日は一日が短い。5分くらいしか働いてない体感なのに、素晴らしい原稿がたくさん書き上がっている。

香塵堂さんの発達障害の人の集まった職場の部署の話を読んで、泣いてしまった。こんな単純に、発達障害の人が適応する方法があったのだ。精神科医療の現場の四苦八苦が馬鹿みたいに思えてきた。やっぱり”定型発達”の数の論理がマイノリティを苦しめていただけだったのだ。

仮に発達障害の人ばかりの職場に、定型の人を一人放り込んでみるといい(ステレオタイプだが、おしゃべり好きな中年女性とか)。とたんに苦労するに違いない。もはや定型の方が障害だ。

発達障害の人が集まっているというその職場の凄いのは、それぞれの障害はバラバラで、各人の特性を生かしているというところである。多数派の論理ではないのだ。そもそも発達障害って100人100様だし、NOSがいちばん多いし。人と違う事で傷ついてきた故の優しさと、本来の割り切りの良さかな。

さっき隣の部署の女性が初めて発達障害部署に遊びに来て、「なんで一番偉い席に新人がいるの?」って驚いてた。言われてみればたしかに、デスクは効率性だけ重視したレイアウトで、普通なら部長とかの座るところに新卒がいるし、下座に編集長がいる。アスペ編集長の「なにか問題でも?」の一言で終了。

せっかくなので職場の先輩たちに、「なぜ・どういう経緯で、発達障害者ばかりの職場になったのか」、「どうしてこのような理想的な運用が確立できたのか」訊いてきた。

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tyaborinさん

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