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田中角栄とは何者だったのか?

日本列島改造論、演説巧者、ロッキード事件の陰謀説、原子力発電…。田中角栄とは、いったい何者だったのか!?

更新日: 2012年08月26日

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田中 角榮(たなか かくえい、1918年(大正7年)5月4日 - 1993年(平成5年)12月16日)は、日本の政治家。建築士。衆議院議員(16期)、郵政大臣(第12代)、大蔵大臣(第67・68・69代)、通商産業大臣(第33代)、内閣総理大臣(第64・65代)などを歴任した。

新潟県刈羽郡二田村大字坂田(現・柏崎市)に父・田中角次、母・フメの二男として生まれる。田中家は農家だが父・角次は牛馬商、祖父・捨吉は農業の傍ら宮大工を業としていた。角栄の幼少年時代に父角次がコイ養魚業、種牛の輸入で相次いで失敗し家産が傾き極貧下の生活を余儀なくされる。幼いころ吃音があり、浪花節を練習して矯正した。

田中角栄の凄さを教えてください

>>1
記憶力が抜群だったらしいね。
官僚の出身地、出身校、誕生日などみんな覚えていて気配りをしたそうだ。

法律に無茶苦茶詳しかった。歩く六法全書。
後藤田も舌を巻くほどの記憶力だった。
家が恵まれていれば、余裕で東大に受かっていたに違いない。

自分のキャラ作りがうまかった。
あの年代の政治家としてはマスコミの影響力を熟知しており、
自身に肯定的なイメージがつくように振舞っていた。

アメリカのポチから脱却しようとしたが
失敗した人w

>>11
まさにそれが一番だよな。
アメリカ依存から独自外交を初めて試みて失脚させられた人、日中共同声明や北ベトナム国交樹立も資源獲得のために行われたといわれている。

ロッキード事件陰謀説

自民党最大派閥であった田中派(木曜クラブ)を率いつつ、巧みな官僚操縦術を見せつけるなど、党人政治家でありながら官僚政治家の長所を併せ持った稀有な存在であった。大正生まれとして初の内閣総理大臣である。

首相在任中には、中華人民共和国との間の日中国交正常化や日中記者交換協定、金大中事件、第一次オイルショックなどの政治課題に対応。日本列島改造論で一世を風靡したが、後にその政策が狂乱物価を招いたことや、金脈問題への批判によって首相を辞職。さらにアメリカの航空機製造大手のロッキード社による全日空への航空機売込みに絡む収賄事件である「ロッキード事件」で逮捕され自民党を離党した。

原発利権も!?

財政投融資を爆発的に拡大させて利権を操った。
自分の関連会社が買った土地を通るように新幹線を誘致し、転売によって巨万の富を築いた。
低学歴な田舎者が普通に総理大臣をやっても目白に御殿は建たないよ。

道路法の全面改正や、道路・港湾・空港などの整備を行う各々の特別会計法や日本列島改造論によるグリーンピアなど、衆議院議員として100本を超える議員立法を成立させ、戦後の日本の社会基盤整備に正負両面にわたる大きな影響を残した。また、社会基盤整備を直接担当する建設省や運輸省、大臣として着任していた通商産業省や郵政省などに強い影響力を持ち、政治家による官僚統制の象徴、族議員の嚆矢となった。

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