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daiba49さん

スターリンが主張したのは南樺太の返還と千島列島の領有で、ルーズベルトはこれを認める見返りとしてスターリンに日ソ中立条約の破棄と対日参戦を求めた。

ルーズベルトは日米開戦当初から何度もソ連に対日参戦を要請してきた。スターリンは日ソ中立条約を表面上は守ってきたのだが、ヤルタ協定でドイツ降伏後2カ月ないしは3カ月というソ連の対日参戦のタイミングが決まった。

http://matome.naver.jp/odai/2136273420288373501日米開戦回避回避を訴えるルーズベルト米大統領から天皇への親電を「瀬島少佐と配達遅らせた」 日米開戦前

ソ連参戦の方針を日本は最後まで知らなかった、といわれてきたが、少なくとも陸軍は早い段階で知っていた。メンツにこだわらず、冷静に戦局を見極めて対処していれば、原爆投下も、シベリア抑留、残留孤児、といった悲惨な出来事は避けることも出来たのではないのだろうか?



戦前の官僚制と同じようなものが戦後の今の日本にも生き続けており、国が国民へきちんと情報を開示せず、国民の意志を国の政策に反映するのがなかなか難しい、というのが、原発事故後のわが国の現状と思います。しかし、そのような日本の政治の在り方を根本から変えていかなければ日本の未来はもうない、と考える人たちが広汎に現れてきて、しっかり声を上げ始めたところに、とても希望を感じます。

歴史は少しずつですが、確実に進歩するのだと思います。

日本はソ連の対日参戦を早い時期から察知しながらソ連に接近していたこと。また、強硬に戦争継続を訴えていた軍が、内心では米軍との本土決戦能力を不十分と認識し、戦争の早期終結の道を探ろうとしていたことがわかってきた。1日でも早く戦いを終える素地は充分に出そろっていながら、そのチャンスは活かされていなかったのである。番組では、戦後に収録されながら内容が公開されてこなかった当事者らの肉声証言なども検証し、重要な情報が誰から誰に伝えられ、誰には伝えられなかったのかを徹底分析。国家存亡の危機を前にしながらも、自己の権限の中に逃避し、決定責任を回避しあっていた指導者の実態を浮かび上がらせる。国家的な岐路における重要な決定をめぐる課題について、識者討論なども交えて考えいく。

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