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こんなにあるよ!被災地福島県の会津若松周辺で行くべき観光スポット

福島県は、東日本大震災の時に福島第一原発から放射能漏れを起こしてしまってから、観光客が激減しているそうです。旅行で数日の滞在であれば、何も問題ないはずなので、皆で福島を応援しに行きましょう。

更新日: 2014年08月17日

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naoko5さん

明治の歴史が好きな人にお勧めしたい町

会津と言えば、戊辰戦争で新政府軍と旧幕府側の会津が戦争をした舞台として有名です。当時は、新兵器を買い付けていた新政府軍に対して、100年前の銃器を使用する会津側に勝ち目がなく、少年であった白虎隊までも犠牲になった場所などを見学する事ができます。

鶴ヶ城

徳川家に非常に近かった松平家のお城だけあって、非常に立派な天守閣が目をひきます。

1965年に地元の強い要望で再建されたものです。

戊辰戦争の中でも最も重要な局面である「会津戦争」の場所となりました。

会津藩は1ヶ月間も鶴ヶ城に立てこもりますが、新政府軍による大砲などの威力は凄まじく、降伏するに至ります。

1870年(明治3年)、阿弥陀寺(会津若松市七日町)に移築されたもので、江戸時代に立てられたものです。

福島県立博物館

福島の古代から近代までの歴史を知る為には、最初に福島県立博物館にアクセスするのが良いでしょう。会津若松城(鶴ヶ城)の目の前にある博物館なので、アクセスは抜群です。

古代の展示物など、福島で発掘、保存されている珍しいものを見ることができます。

福島県立博物館は、お城の前にあるので、アクセスが抜群です。

日新館(復元)

会津藩の士族が勉強した場所ですが、会津戦争の時にほぼ全てが消失しました。現在の建物は、当時の建物が忠実に復元されたものです。

会津藩の士族が10歳から入学して学んだ場所です。1803年に設立されてからは、会津藩の学校として機能しました。

読み書きを良く習っていたので、戊辰戦争が終わった後にも、敗者の側であったにも関わらず、活躍する人材を輩出できた理由のひとつとなっています。

飯盛山

会津白虎隊(16-18歳で編成された部隊)の19人が眠る場所としてあまりにも有名です。当時は、少年兵まで使わなければいけないほど、会津藩は窮地に陥っていました。

飯盛山にあがる長い階段が付いていますが、お年寄りなどはエスカレーター(有料)を利用すると良いでしょう。

19人の白虎隊の隊員たちが眠っています。

少年たちが真剣を扱って慰霊しています。

日本テレビ系年末時代劇「白虎隊」主題歌
1986年10月に発売された堀内孝雄のシングル
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%84%9B%E3%81%97%E3%81%8D%E6%97%A5%E3%80%85

会津武家屋敷(復元)

西郷頼母は、会津藩が新政府側に立ち向かう事を阻止しようとした事で有名な人物です。松平容保が京都守護職になる際にも反対しましたが、聞き入れられずに会津戦争となりました。

一族の21人は、屋敷で自害。本人は、箱館戦争まで戦った後に日光東照宮において宮司となり、74歳で亡くなっています。

西郷家は保科家(のちの松平家)から分家した一族であり、会津戦争の当時は会津藩の最高位の家老の位にありました。

鶴ヶ城のすぐ近くにあります。

出典ameblo.jp

この館にて、西郷頼母の一族21人が自害しました。西郷頼母自身は、後の箱館戦争に参加しています。

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