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【閲覧禁止】死ぬから見ちゃダメ!自殺の聖歌『暗い日曜日』の謎

世界各地で「暗い日曜日」に関連した自殺が相次ぐと、この歌は、いつしか自殺の聖歌とまで呼ばれるようになった。それはもはや各国の放送局が無視できぬほど、大きな騒動となっていたのである。そして世界各国で放送禁止に・・・。

更新日: 2019年08月17日

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tainoyoさん

※決して聞かないでください

1936年2月、ハンガリーのブダペスト市警が靴屋主人ジョセフ・ケラーの死亡現場を調査中、奇妙な遺書を発見した。自殺したケラーが書き残したその走り書きのような遺書には、とある歌の一節が引用されていたのだ。自らの命を絶つ者が、辞世の句の代わりとして、愛する歌の一部を引用することは、別に珍しいことではないかもしれない。しかしこの歌に限っては別だった。その歌は、自殺したケラーのみならず、ブダペスト市警にとっても、特別な意味を持っていたのである。歌の名は、「暗い日曜日(Gloomy Sunday)」。ブダペストでは、既にこの歌に関連した17人の自殺者が出ていたのだ。

バーで、ジプシーバンドがこの曲を演奏したところ、突然、男二人がその場で拳銃自殺した。

少女が、「暗い日曜日」のレコード盤を抱きしめたままドナウ河で入水自殺した。

バーで飲んでいた初老の紳士が、バンドに「暗い日曜日」をリクエストするなり、店の外に歩き出して頭を銃で打ち抜いた。

はじめは単なる偶然と捕らえていたブダペスト市警も、ここまできて、いよいよ事の重大さを認めぬわけにはいかなくなった。明確な理由は定かではないが、とにかく、相次ぐ自殺事件とこの「暗い日曜日」が、何らかの形で繋がっていることは、もはや否定出来ない事実だったからだ。そして間も無く、当局はこの「暗い日曜日」の販売と演奏の禁止に踏み切った。それは言うまでもなく、異常な事態だった。単なる音楽が、人を自殺へ追い込む力を持つことを認めたことになるからだ。

しかしそれだけでは、この"死の連鎖"は止まらなかった!

ベルリンで若い女性が首つりで命を絶った。足下には「暗い日曜日」のレコード盤が置かれていた。

ニューヨークでガス自殺した女性が、遺書に葬式で「暗い日曜日」を流すようリクエストしていた。

ローマで、自転車に乗っていた少年が、ふと、浮浪者の前で立ち止まった。少年はポケットの有り金を全て手渡し、フラフラと河へ飛び込み、死亡した。後の調査で、浮浪者はただ「暗い日曜日」を口ずさんでいただけだ、と打ち明けた。

最終的に、その数は100人以上に・・・

この「暗い日曜日」はすぐに大ヒットとなった。このヒットを喜んだシェレッシュは、すぐさま、曲を生むきっかけとなったかつての恋人に連絡した。しかしそこで最初の悲劇は起きた。シェレッシュからの連絡を受けたその女性は、翌日、遺体として発見されたのだ。服毒自殺した彼女の手元には、ただ一枚の遺書が残されていた。遺書には、ただこう記されていた。「・・・暗い・・・・日曜日」。

BBCはインストゥルメンタル曲(歌のない演奏のみのバージョン)という条件付きで、この「暗い日曜日」を放送することを決定した。しかし事件は再び起きたのである。
警官が現場に向かい、音楽が流れ続けるアパートのドアをノックしたが、反応はない。警官がドアを蹴破って部屋に入ると、そこには女性の遺体が横たわっていた。そしてすぐその側には、自動蓄音機がただ延々と「暗い日曜日」をリピートしていたのだった。BBCは再びこの曲の放送を自粛。その禁は解かれていない。

日本におけるこの曲の自殺者がいるかどうか、定かではないが、70年代中頃ジャズサックス奏者の阿部薫がカバーし、本人は1978年に、妻の鈴木いづみは1986年にそれぞれ自殺している。

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