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政治家になったプロレスラーたち【デルフィン市議に当選】

沖縄プロレス社長で元大阪プロレス社長の覆面レスラー、スペル・デルフィン氏(44)=本名・脇田洋人=が、9日投開票の大阪府和泉市議選(定数24)で初当選を果たした。|アントニオ猪木、馳浩、若松市政(将軍KYワカマツ)、大仁田厚、ザ・グレート・サスケ、神取忍、西村修、木村健悟、土方隆司

更新日: 2018年05月10日

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curatorさん

スペル・デルフィン市議に当選

沖縄プロレス社長で元大阪プロレス社長の覆面レスラー、スペル・デルフィン氏(44)=本名・脇田洋人=が、9日投開票の大阪府和泉市議選(定数24)で初当選を果たした。
<妻は、タレントの早坂好恵さん>

「覆面をかぶっている方が注目され市の知名度が上がる」

と議場でも覆面を着用したい意向だが、

アントニオ猪木(参議院議員)

1989年、「スポーツを通じて国際平和」を合言葉にスポーツ平和党を結成。第15回参議院議員通常選挙に比例区から99万3989票を集めて初当選。
史上初のレスラー出身の国会議員となった。

キャッチコピーは「国会に卍固め、消費税に延髄斬り」

「今話題になっているリクルート問題に対して私はこの一言で片付けたい“逆十字固め”」

馳浩(衆議院議員)

1995年7月 - 森喜朗自民党幹事長にスカウトされ第17回参議院議員通常選挙に、自民党の推薦を受けて無所属で立候補し、初当選する。

現在は、衆議院議員(自由民主党)

スポーツ・教育問題に関心があり、その関係の著作が多い。

社会保障について発生する諸問題には積極的に追及を行っている。

2012年の通常国会では生活保護不正受給問題について、お笑いコンビキングコングの梶原が自宅マンション隣のマンションに実兄を住まわせていたことを脱法行為として指摘している。

若松市政|将軍KYワカマツ(元・北海道芦別市議)

1999年、芦別市の市議会議員選挙において当選、市会議員となった。

悪役マネージャーとしてブレイクしたが、元来非常に真面目な人物である。

国際プロレス時代にはレスラーとしてデビューした後も資材運搬やレフェリングを行い、資金や人材面で苦労した団体のために尽力していた。

リングネームの「KY」とは、「国際プロレス」と、同団体社長だった「吉原功」の頭文字をとったもの。自らをプロレスラーとして送り出してくれた、両者への敬愛の念がこめられている。

大仁田厚(元参議院議員)

2001年7月29日に実施された第19回参院選に比例区で出馬、当選。「小泉チルドレン」の一人となった。

「当選したら猪木と闘う」という選挙公約を掲げていた。

「当選したら学生服で登院する」とも主張していたが、初登院時はスーツ姿で登場。以後1度も学生服で議員活動をすることは無かった。

ザ・グレート・サスケ(元岩手県議会議員)

2003年に岩手県議会議員選挙に出馬、ザ・グレート・サスケの登録名、かつ覆面姿で選挙活動を行い、4月13日トップ当選した。

岩手県議会では一部党派が覆面着用は「議会の品位を損なう」ものだとして問題視し、「議場での覆面着用禁止の会議規則改正案」を提出した。

同法案は記名投票で可否同数となり、議長決裁で否決、覆面着用が容認されることになった。

2005年6月28日の県議会で未確認飛行物体 (UFO) について「県内で目撃情報が相次いでいるが、県はどう認識しているのか」と質問した。

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