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【楽しく学ぶ世界史】愚鈍なるローマ皇帝、コモドゥス

またまた世界史まとめです。受験の時にもただただ単語を覚えるだけではなく、背景となる知識を色々つけると、歴史が一本の線として見えて、理解が深まります。社会人の方で世界史に興味がある場合も読んでいただけると嬉しいです。

更新日: 2012年09月11日

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この記事は私がまとめました

生い立ちと、偉大なる彼の父親

本名は:ルキウス・アウレリウス・コンモドゥス・アントニヌス

世界史でおなじみ、五賢帝の哲人皇帝「マルクス・アウレリウス・アントニヌス」の息子。
ここで、少し脱線してコモドゥスの父親のマルクス帝の話を少し。

コモドゥスの父、マルクス帝は、ストア派と呼ばれる哲学者の1人でもあります。
その哲学に基づいて書かれた彼の「自省録」は名分として名高い名著です。

…ですが、本のタイトルにあるように、内容は日々の内省がほとんどです。おそらく、後の世で公開されるとは考えてなかったのでしょう、ただの愚痴のような文もちらほらあります(笑)

ですが、ローマ帝国を収める皇帝の心情がありのまま書かれた書物として、ぜひ目を通される事をおすすめします。日本語訳版もあり、社会人の方への自己啓発書としても一級品です。筆者が好きなのはこの一文です。彼が様々な人とかかわるうちに学んだことの1つとして記されています。

”『私は暇がない』ということをしげしげと、必要もないのに人にいったり手紙に書いた
 りせぬこと。また緊急な用事を口実に対隣人関係のもたらす義務を絶えず避けぬこと ”

2000年もの昔から、人間が対人関係において思うことは対して変わっていないようですね。

古代ローマを題材にしたヤマザキマリさんの漫画、「テルマエ・ロマエ」
みなさんはもう読みましたか?映画のほうも中々の出来ですよ!

この作品のおかげで、古代ローマブームが来ると私は睨んでいます!
そんなローマですが、マジキチな皇帝を多数輩出したとして非常に有名ですね。

マジキチの代名詞として「暴君ネロ」ことネロ帝のことはご存知の方も多いのではないでしょうか。

今日はそんな歴代の狂った皇帝のひとり、「コモドゥス帝」について。
映画「グラディエーター」の中でも暴君として描かれていますね。

偉大なるマルクス帝、唯一の”汚点”

貧民を救い、奴隷に優しく、戦争に勝利し、名君と呼ばれたマルクス帝。
そんな彼の輝かしい功績にも唯一の汚点があります。

それは、息子のコモドゥスに帝位を譲ったこと。
何故、彼ほど賢明な皇帝がこの愚かな息子に帝位を譲ったのか。

愚かな息子が反乱を起こすのを防ぐためだ、などと諸説がありますが映画グラディエーターの解釈は面白いと思います。ネタバレなので書くのは控えますね。

即位当初は熱烈な歓迎

皇帝の実子が即位するのは久々のことだった上に、彼は結構な美男子でした。
その美男子っぷりたるや、彼の熱烈なファンである”男の”詩人から歌をプレゼントされるほど。
イケメンで家柄も正しい、そんな彼を民衆は歓迎しました。

しかし、彼は政治には全く興味が無かった。
面倒な事はすべて自分の召使の解放奴隷に丸投げして遊んでばかりいました。
軍事をとりしきっていたのも解放奴隷。

元奴隷にこきつかわれる将軍たち、彼らのプライドを傷つけるには十分だった。
コモドゥスの姉や元老院が団結し、彼の暗殺を決行しました。

しかし、暗殺者はテンションが上がりすぎてしまったのか、あろうことか皇帝に飛びかかる前に
「これは元老院からの贈り物だ!!身を持って知れ!!」と叫んだために近衛兵に取り押さえられ、暗殺は失敗してしまいました。

元々ダメ皇帝だったコモドゥスですが、ここからさらなる堕落が始まります。
暗殺の首謀者が実の姉であることを噂で聞いたコモドゥスは、ひどい人間不信になります。
少しでも反逆の疑いがある者は、皆処刑されました。

何人もの女をはべらせ、朝から酒を飲み、贅を尽くす。
戯れに奴隷を殺し、美しい少年を見つけては男娼にする。

コモドゥスは、そんな日々を送っていました。

彼の才能

彼の治世、ローマのコロッセオでは剣闘士の見世物が行われていました。
人間VS人間、果ては猛獣VS人間など。どちらかが死ぬまで戦いは続きます。
当時のローマ市民にとってはこれが一番の娯楽でした。

コモドゥスはライオンを何十頭も放した闘技場に、気に入らない元老院の議員を投げ落としたりもしたそうです。鬼畜ですね。

しかし、そんな彼にも才能がありました。それは武芸です。
幼少の頃より驚くほどの速さで剣や弓の腕の上達を見せました。
その腕前を誇示するため、実際に皇帝が闘技場に出演することもあったようです。
実際に弓や槍でガチンコの試合を行い、まともな剣闘士に何度も勝利していたようです。

彼の周りの部下たちは、ご機嫌を取るために褒めまくります。
「皇帝陛下の剣さばきはさながら神話のヘラクレスのようです!」
「陛下ならば猛獣にもやすやすと勝てそうですな!」

それに気をよくしたコモドゥス。彼は神話の英雄、ヘラクレスが大好きでした。
終いには、自分の事を「ローマのヘラクレス」と自称し始めます。
自分をへラクレスに模した彫像を作らせ、皇帝の衣服ではなく、狼の毛皮を纏って日常を過ごすようになります。

彼はその後、1万2000人もの剣闘士奴隷を虐殺。
気に入らない元老院の議員とは決闘をし、残虐な方法で殺害しました。

反逆の元老院

いつ自分が殺されるかわからない。
そう考えた元老院の議員たちは、再びかれの暗殺を決行しました。
しかし、腕のたつ側近に加えて皇帝自身も日々の鍛錬で頑強だった。
暗殺者を仕向けただけでは以前のように失敗するかもしれない。

そう考え、毒殺をすることにしました。
入浴後に飲酒をする習慣のあったコモドゥス。彼の飲むワインに毒薬を混ぜ込んだのです。
彼は警戒せずにワインを飲み干した。よし、これで死ぬだろう。暗殺計画を知っているワインの注ぎては、そう思った。

しかし、コモドゥスは平然としていた。なぜか。
彼は日常的に解毒剤を服用しており、致命傷にならなかったのである。
しかし、毒には気づいたようでワインを吐いた。このままでは計画が失敗し、皆処刑される。

しかし元老院、計画は二重三重に練ってあった。
控えさせていた護衛の剣闘士を差し向けたのです。
皇帝も抵抗しましたが、少しは毒が身体に回っていたようで、抵抗の甲斐なく絞殺されます。
31歳、彼は暗殺されました。

秘術:ダムナティオ・メモリアエ

皇帝が暗殺されれば、普通なら皇帝派の人々が反乱を起こすものです。
しかし、彼の場合は「脳梗塞」ということで黙認されました。よっぽど嫌われていたんですね。

そして、元老院は古代ローマ最大の刑罰である「ダムナティオ・メモリアエ」をコモドゥスに適用します。直訳すれば ”名声の破壊” です。厨二病全開ですね!

ローマ人として最大の屈辱を受けることになる、名声の抹消です。皇帝の生きていた記録、銅像や通貨のレリーフ、文章など全ての記録が破壊され、歴史から完全に抹殺されるのです。

運良く?コモドゥス帝は刑の適用を避けることができました。
しかし、過去に「ダムナティオ・メモリアエ」を受けることになり、歴史の闇に葬られた人間がいたと考えると、なんだかワクワクしませんか?
知られざる歴史の闇には、何があったのでしょうか。

コモドゥス帝立像

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