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ブレイクの予感!乾貴士の海外の反応がスゴい!

素直に喜怒哀楽を出す性格らしい。イージーなミスが多いという厳しい意見も。

更新日: 2013年05月03日

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監督・地元メディアも超絶テクニックを絶賛!

「フランクフルトの戦いぶりは、奇跡と呼んでもいいくらいだ。イヌイがいるおかげだ」

「フランクフルトの戦いぶりは、奇跡と呼んでもいいくらいだ」

 現役時代、ドイツ代表のキャプテンマークを巻いたローター・マテウスはアルミン・フェーのチームをそう評し、こう続けた。「あれほど魅力的なフットボールをするなんて考えもしなかった。それもこれも、(セバスティアン)ローデに(ピルミン)シュヴェクラー、そしてイヌイがいるおかげだ」

ドイツ代表として歴代最多の150試合出場、5度のワールドカップ出場、ワールドカップ最多出場記録(25試合)を達成する等、20年間に渡り第一線で現役を続けた、1980年代から1990年代のドイツを代表する選手である。

1990年の1990 FIFAワールドカップにおいて主将としてドイツを3度目の優勝に導き、同年に欧州年間最優秀選手、1991年にはFIFA最優秀選手賞を受賞するなどの評価を得た。また引退後の2004年にはペレが選ぶ『偉大なサッカー選手100人』(FIFA100)にも選ばれている。

「彼ほど足の甲でボールを自在に扱える選手はいない」

フランクフルトのアルミン・フェー監督がハンブルガーSV戦のプレーを振り返った「彼のように足の甲で空中のボールを自在に扱う選手を、私はかつて見たことがない」と。さらに、ヘリベルト・ブルフハーゲン会長が「乾は2部のボーフムでプレーしていた。彼は我々のチームに来て満足しているよ。フェー監督が彼の獲得を熱望していたんだ」とフェー監督が乾の才能に惚れ込んでいることを語った。

「見たことがない。信じられないよ!」

ブンデスリーガ第3節のハンブルガーSV戦、フランクフルトの乾貴士はシーズン初ゴールとなる先制点を挙げ、3-2の勝利に貢献。

フランクフルトのフェー監督は「(乾の先制ゴールについて)あのゴールのすごかったところはボールの受け方だ。浮き球を空中で受けながら、そこですでに適切な方向を与える選手は見たことがない。信じられないよ!」とコメント。乾のファーストタッチの質の高さを絶賛している。

「ボールを持っていてもすごいスピードがあるから、敵にとっては本当に嫌な存在だろう」と乾に惚れ込むフェー監督

「乾は天才と狂気の間にいる」

ボーフム時代における地元紙の評価は『Inui zwischen Genie und Wahnsinn(乾は天才と狂気の間にいる)』と大絶賛。

ドイツメディア 乾に「スーパーな日本人」

ドイツのテレビ番組が乾について、「ピッチ上のあらゆるところに現れる。日本人の道徳である自制心、向上心、そして適用性を兼ね備えた選手だ」

香川とセレッソ大阪時代にコンビだったこともあり、ドイツでは『ミニ香川』と熱視線

2008年に期限付き移籍では香川真司と共にチームの躍進に貢献も、順位は惜しくも4位でJ1昇格を逃す。翌2009年にセレッソ大阪へ完全移籍。香川とともに得点を量産し、チームをJ1昇格に導く。2010年は香川と乾の2シャドーを形成し、名コンビと賞賛された関係である。

出典ニコニコ大百科

乾貴士について

乾貴士(1988年6月2日 - )とは、滋賀県出身のサッカー選手である。アイントラハト・フランクフルトに所属、ポジションはMF。

非凡な才能を感じさせる高校時代

2004年に野洲高校に進学。2005年度には2年生にして早くもレギュラーに定着。同年度の全国高等学校サッカー選手権大会では、楠神順平(川崎フロンターレ)、青木孝太(ジェフ千葉)等と共に全国制覇を経験した。

香川真司とのコンビで才能が開花したJリーグ時代

2007年に横浜マリノスに入団するも、なかなか出場機会が得られず、水沼コーチに干されて2008年にセレッソ大阪へ期限付き移籍。香川真司と共にチームの躍進に貢献するが、順位は惜しくも4位でJ1昇格を逃す。2009年にセレッソ大阪へ完全移籍。同年1月のイエメン戦でA代表デビュー。J2では香川とともに得点を量産し、チームをJ1昇格に導いた。2010年は香川と乾の2シャドー、3試合のみ家長昭博を加えた3シャドーを形成し、前半戦を8位で折り返す。後半戦はドルトムントに移籍した香川に変わり、清武弘嗣を加えた3シャドーを形成。J1で3位となりACL出場権の獲得。チームの躍進に貢献した。

ほろ苦い代表デビュー・・・

日本代表では2010年9月7日のグアテマラ戦で初スタメンを経験するが、思ったようにプレーできずに前半終了後交代となってしまった。

2011年ドイツへ・・・海外挑戦!!

2011年8月1日、ドイツ2部のVfLボーフムに完全移籍。ボーフムではボランチの位置まで下がり、崩しのキーマンとなりつつゲームを組み立て、さらにトップ下の位置まで上がりチャンスメイクを行っていた。
成績は30試合に出場、得点はチームトップの7得点に4アシストと好記録を残すもチームが迷走。ボーフムは2部の中位に留まり昇格を逃した。
2012年6月25日、ドイツ1部に昇格するアイントラハト・フランクフルトへの完全移籍。9月16日のハンブルガーSV戦で初ゴールを上げた。

今も変わらぬ『セレッソ大阪への愛情』

セレッソにはかなりの愛着があるようで、オフシーズンには古巣の練習に参加させてもらっているようだ。2012年6月10日の青山学院大学との練習試合では後半から練習生として試合に出場。ご丁寧なことに背番号はセレッソ時代と同じ7番だった。

2012年の上半期海外でニュースになっている日本人選手ランキングでは香川、本田に続く3位でヨーロッパではかなり話題になっている。

乾貴士は、2010年3月に保育士の一般人の女性と入籍

乾貴士は、2010年3月に保育士の一般人の女性と入籍しました

 当時、乾貴士選手は21歳、奥さんは24歳と3歳差のカップルです。実は結婚当初より、乾貴士の嫁は綺麗。嫁がかわいいと話題になっていました。

 なれそめは、大阪時代に知人の紹介で出会ったそうですが、すぐに交際に発展して結婚となりました。乾貴士のお嫁さんは、料理が非常に上手で、乾選手の栄養管理は全てお嫁さんに任せているということです。

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