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町山・宇多丸・博士他サブカルトップチームたちの「桐島、」感想まとめ。

「桐島、部活辞めるってよ」祝・日本アカデミー賞作品賞受賞!DVDも発売!適当に付けた“サブカルトップチーム”というタイトルが色んな人にツッコまれて、凄え恥ずいです。でも今更変えられないです。

更新日: 2017年02月11日

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mzd216さん

『桐島、カレンも森山未來も8月20日生まれってよ』的なタイトルの映画。周囲の評判にハードル上がりすぎていたがワンシーン鳥肌立って震えた(途中、地震でも実際震えた!)俺は部活経験なしで登場人物の誰にも感情移入出来ないのだが、この映画に虜になる人が続出するのは頷ける。

『桐島、洋子、文春辞めるってよ』的なタイトルの映画(誰がわかるんだ、そんな古い話)そのミルフィーユのような何層も重ねた物語の構造を解像度が高い人は深く読み取れるから解説したくなるし、低い人は何度も見たくなる。原作や脚本にまで当たりたくなるような傑作。

『桐島、もうボケるのやめるってよ』的なタイトルの映画。事前情報ゼロで見に行ったのだが、今日『映画秘宝』の編集部に居て「これから桐島見に行く!」って言ったら皆一斉にニコニコ笑った理由がわかって、そのシーンで思わず笑ってしまった。

『たまむすび』で町山さん桐島評をはじめる。タマフルまで待てないみたい。町山さん「あれ!俺ですよ!」やっぱり!!前日のフジテレビの楽屋で「あれ、町山さんですよ!」と。「そう?」って言ってたが。

『たまむすび』町山さんの「あれ!俺ですよ!」が出ると最上級のベタ褒め印。『レスラー』『宇宙人ポール』『ベルフラワー』しかり。『桐島……』も。そして16日の『したコメ』で、それを証明する映像を用意した!

@s_hakase 博士から「『桐島、部活辞めるってよ』は映画秘宝系だよ」って聞いた時は「表層的なステレオタイプかな」と思ってたんですが、映画を観てみたら、秘宝系男子の魂が込められてました。

そんな評論家っぽく言ってないスよ「あの主人公、町山さんですよ!」って言いました。RT @TomoMachi 博士から「『桐島、部活辞めるってよ』は映画秘宝系だよ」って聞いた時は「表層的なステレオタイプかな」と思ってたんですが、映画を観てみたら秘宝系男子の魂が込められてました。

@TomoMachi 映画秘宝=町山智浩さんですからね。そう受けとったでしょう。でも確かに前日まで「見るのが面倒」って感じでしたね。今、日本で皆、ホッとしてますよ。桐嶋、今、まつりですからね。「小島、ラジオやめるってよ」以来の騒ぎです。

自分の勝手でやめると周りがどれだけ迷惑するか、と。 RT @s_hakase: 確かに前日まで「見るのが面倒」って感じでしたね。今、日本で皆、ホッとしてますよ。桐嶋、今、まつりですからね。「小島、ラジオやめるってよ」以来の騒ぎです。

桐島のように舞台を一か所に限定された映画は演劇的ですが、演劇ではたとえ学校や刑務所や会社を舞台にしていても、それは学校や刑務所や会社そのものではなく、社会や世界や人生の象徴なんです。@yomi_nuxx: @TomoMachi @s_hakase @mezashi_yuji

『桐島』における桐島は明らかに『ゴドーを待ちながら』におけるゴドーと同じ「空虚な中心」だが、そのゴドー(神)を待つことがすべての人の「生きる意味」なのに、桐島は「辞め」てしまった。それで宏樹は「意味」を見失い、つまり実存の不安に陥るが…

@gothicdog  意味が見えなくなった彼があることに打ち込んでいる人に「それ、将来のため?(つまり意味あるの?)」と尋ねたら、「ただ好きだから(意味は考えてない)」という答えを返されてショックを受けるでしょ。

@TomoMachi 野暮かもしれませんが、せめて桐島彼女か宏樹は家に行かないのか?ということが見てる間気になってしまいました。「これはこういうお約束の話」という前提で観るべきものなのでしょうか。

桐島は「ゴドーを待ちながら」のゴドーと同じで不在でコミュニケートできないことがすべての象徴的非存在だからです。だから個別のディテールをはぎ取られている。これはリアルな高校の話として出発していますが、それによって抽象的で象徴的で普遍性へと至っています RT @stilllife

それは、桐島を空洞にすることで観客それぞれが「桐島とは何を意味するのか」を考えざるを得なくしているからです。もちろんただ「部活を辞めた高校生」としか考えなくても優れた高校生映画として充分機能しますが。 RT @k0k3s1:

@TomoMachi 前田たち映画部は桐島(神)の不在に影響を受けない「枠外」の存在として描かれていますよね。これは彼らが別の神(映画)を信仰していたから、ということでしょうか。

@TomoMachi 丁寧にお答え下さってありがとうございます。わたしは、彼女やヒロキが桐島の家まで行かないのは、彼らが「学校の中だけの彼女や親友」であり、学校の外には彼らの世界は無い、ということなのだと思いました。狭い世界での王様ごっこだなあ、と。

@gussanchan 「連絡できない」という台詞が何度も出てくるあたりは「神の沈黙」ですね

そのへんは大前提でしょうね RT @7oolong: やっぱりゴドーには多少なりとも触れざるを得ないですよね。あとはロラン・バルトの〈空虚な中心〉ということを思い出しました。

劇中のリアル音以外に音楽を乗せてないのも勇気がありますね RT @junpeiumeki: @TomoMachi 「桐島」は効果音の使い方や、

はい。演劇的手法ですね。桐島で描かれる学校は世界そのもの。桐島はその世界の精神の中心。彼が降りることで世界が意味を失う。 RT @mezashi_yuji: #utamaru 「桐島」はゴドー的、学校=世界のメタファーは町山智浩さんも言ってる事、納得しながら聞いてると思うよ!

脚本にも屋上の男子は「誰だかわからない」と書いてあるから監督は徹底して桐島をゴドー化(空洞化)しようとしたんだろうね / “ネタばれ!『桐島、部活やめるってよ』の基本的解釈。 - ゾンビ、カンフー、ロックンロール” htn.to/M3Npf9

神木くんは俺のもんだ! RT @combat_rec: 今日は橋Pと打ち合わせ…のはずが半分以上桐島の話してた。放課後やるかはまだ未定とのことだけどイベント終わり次第とりあえず赤坂に向かいます。場所は居酒屋でもなんでもいいから誰かと桐島の話がしたい病。

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