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南米サッカー界の本当にあった信じられない誘拐事件簿

南米ではサッカー関係者の誘拐事件が非常に多い。特にブラジルのサンパウロでは「また?」と言いたくなるほど誘拐が起こる。日本では一回起これば世紀の大事件にもなりそうな誘拐事件をまとめました。

更新日: 2012年11月25日

lincoln41さん

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8億円よりもW杯!ロマーリオ(父)誘拐事件

出典ameblo.jp

バルセロナ在籍時の1993-1994シーズンは出場33試合で30ゴールという驚異的な決定力を発揮して得点王を獲得。

クラブをリーグ優勝に導いた。

常人離れしたプレーぶりから、相手クラブの監督からは「アニメの世界の住人だ」と評された。

1994年5月2日、当時ブラジル代表だったロマーリオの父親・エデバイールさんが自身の経営しているバーを戸締りしているところを何者かに誘拐された。

犯人からは8億円の身代金が要求され、6日間に及ぶ警察の捜査もむなしく手がかりは一切つかめなかった。

ロマーリオは悩んだ挙句、メディアを通じて「父親を返してくれなければワールドカップには出場しない」と犯人に逆要求。

ワールドカップ開幕直前のブラジル国内はロマーリオのこの発言に凍りついた。

それは犯人も同様で、この発言がTVで放送された直後に父親を釈放した。

8億円よりもワールドカップ優勝が大事といういかにもブラジルらしい事件である。

実際ブラジル代表はこのロマーリオの活躍で優勝を果たした。

父親は「殺す気か!身代金払えよ!」と怒っていたらしいが・・・。

その後、ロマーリオの父親は2度目となる誘拐をされる。
今度の犯人は身代金7億円を要求してきた。
ロマーリオは記者会見で「明日中に見つからなければ、次の試合には出ない」と発言。
なんと大統領命令で捜索される国家レベルの超大事件となった。

翌日、父親は無事に保護されたのだが、犯人はなんとロマーリオの実の兄であった。
兄弟喧嘩で大統領が出てくるほど、ブラジルにとってサッカー文化は重要なもののようだ。

愛しすぎて・・・ボカ・ジュニオール会長誘拐事件

出典ameblo.jp

アルゼンチン・ブエノスアイレスを本拠地とするサッカークラブチーム。

かつてディエゴ・マラドーナの活躍したクラブとしても有名。

アルゼンチンで人気を2分するCAリーベル・プレートとの戦いは、スーペルクラシコと呼ばれている。

1988年、当時のボカ・ジュニオール会長マクリ氏が誘拐された。

犯人の要求は金ではなく、「チームを強くしろ」というもの。

会長はそれを了承し、解放。

その12年後、2000年のトヨタカップでレアルマドリードを下して優勝。

世界一強いクラブとなり、誘拐犯の要求に見事応えた。

もはやホームステイ?ルイス・ファビアーノ(母)誘拐事件

リーグ戦、カップ戦で過去に4回の得点王経験のあるブラジルを代表するストライカー。

現在はブラジルのサンパウロに所属している。

2005年、サンパウロの北90キロのカンピーナス市に住むルイス・ファビアーノ選手の母親サンドラ・エレーナ・クレメンチさんが誘拐された。

彼女は自宅の近くで車に押し込められて、その後なんと63日間監禁された。

上には上がいた!リカルド・オリヴェイラ(姉)誘拐事件

2度に渡って地元のサンパウロFCに在籍し、リーガ・エスパニョーラでは通算120試合に出場、58得点を挙げた。

2003年にはコパ・リベルタドーレスにて得点王を獲得。

2004年にブラジル代表デビューし、コパ・アメリカとFIFAコンフェデレーションズカップに1度ずつ出場した。

リカルド・オリヴェイラの姉は2006年10月4日、自宅から連れ去られた。

匿名による通報電話でアジトが判明。警察はアジトを急襲し、オリベイラの姉を保護した。

彼女は暗がりの中で手足を縛られ、二〇キロもやせ衰え、歩行もままならない状態で病院に収容された。

事件解決は2007年の3月14日、実に発生から年をまたいで5ヶ月弱(159日)という長期にわたる誘拐事件だった。

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