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【歴史】マニ教 ー消えた世界宗教の謎ー

かつて民族の枠を超え、広い範囲に多くの信者を持った第4の世界宗教『マニ教』。その宗教が消えた理由はほとんど知られていない

更新日: 2017年03月18日

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0wktkさん

▼ マニ教とは

かつてイベリア半島から、東はインド・西域を越えて中国にまで布教され、広く信者を得た「普遍宗教」

、今日にも残存していれば、その教えの普遍性から云って、仏教、キリスト教、イスラム教と並ぶ、第四の「世界宗教」でもあった。

マニが三世紀半ば、ササン朝ペルシアにて創始した宗教

マニ教は「顕教」として公同に普遍的に伝道された

元を倒した新たな王朝を築いた朱元璋が新王朝の国号を「明朝」としたのも、元朝打倒の原動力になった明教にあやかってのこと

マニ教は843年に唐の武宗によって禁止された後も「明教」と呼ばれ流布しつづけた。

しかし歴史のなかで、マニ教はいつしか淘汰され消え去ってしまった

ユーラシア大陸全体に広がったマニ教はその後衰退して15世紀までには消滅したと言われていた。

▼ マニ教の教義

マニ教の教義は、ユダヤ教・ゾロアスター教・キリスト教・グノーシス主義、さらに仏教・道教からも影響を受けている。

ユダヤ教の預言者の系譜を継承し、ゾロアスター・釈迦・イエスは預言者の後継と解釈し、マニ自らも天使から啓示を受けた預言者であり、印璽を授かったと称した。また、パウロの福音主義に影響を受けて戒律主義を否定する一方で、グノーシス主義の影響から智慧と認識を重視した。さらにはゾロアスター教の影響から、善悪二元論の立場をとった。

▼ キリスト教においては、マニ教は「異端」

“文明の衝突”が叫ばれる時代において、多くのキリスト教徒にとっていまだ「異端」の代名詞的存在と目されている。

中世のカトリック 教会等の伝統では、「マニ教徒である」という告発は、「異端である」という断罪と同義であった

▼ なぜ消えてしまったのか

何故 マニ教が消滅したのかは謎

直接的な原因はわかっていません

根っからの反体制指向が権力者に嫌われたのかもしれない

この世を「闇=悪が支配している」と考え、闇を倒す最終戦争がやって来るという教えが、政治権力者にとっては、はなはだ危険な邪教と映ったのではないか

▼ マニ教の「宇宙図」を日本国内で確認

宇宙図の上部部分。一番上が天国、その下の丸の左側が月、右が太陽を表わしている。

宇宙図の下部部分は地上界で一番下が地獄、その上の楕円の部分が人間が住む地上、そこからきのこ雲状に伸びているのが須弥山。この中間が10層の天だが上手の下方部分が10層ある。

▼ 滅んだはずのマニ教が、まだ中国には残っていた!

中国・福建省でマニ教の寺院が複数現存していることが近年確認されている

何百年前に滅んだはずのマニ教が、中国では細々と生き残っていて、寺もあれば信者もいて、毎年マニの生誕祭が開かれている

北宋初期の10世紀末に建立された「草庵」

御本尊の摩尼光仏、つまりお釈迦様ならぬおマニ様

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