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村上春樹作品に出てくる感動的な音楽まとめ

村上春樹の作品には数多くの音楽が出てくる。村上春樹自身が作家になる前にジャズ喫茶を経営していたのもあるが“しぶい”音楽が小説内に散見する。各作品の代表的で、「通」好みな音楽をまとめました。

更新日: 2018年12月07日

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tainoyoさん

風の歌を聴け

「僕と鼠もの」シリーズの第1作。群像新人文学賞を受賞し、1979年6月、文芸誌『群像』に発表。当時の村上春樹と同じく1978年に29歳になった「僕」が、1970年21歳の時の8月8日から8月26日までの19日間の物語を記す、という形をとり、40の断章と、虚構を含むあとがきから成る。

「僕たちは食後のコーヒーを飲み、狭い台所に並んで食器を洗ってからテーブルに戻ると煙草に火を点けてM・J・Qのレコードを聴いた。」

p89より

1973年のピンボール

1973年9月に始まり、11月に終わる、「僕」の話であるとともに友人の「鼠」の話で、ピンボールについての小説という形をとる。第1章から第25章まで、「僕」の物語の章と鼠の物語の章に分かれ、二つの物語系列がパラレル(平行)に進行していく。

「僕は腰を下ろしたまま「ジャンピング・ウィズ・シンフォニィ・シッド」のはじめの四小節を口笛で吹いてみた。」

p151より

羊をめぐる冒険

「僕と鼠もの」シリーズの第3作。村上春樹がジャズ喫茶「ピーター・キャット」をやめ、専業作家として初めて書いた小説。1981年10月に北海道取材旅行を行った後、千葉県の習志野にあった自宅で、約4ヶ月間集中的に第一稿を書き上げた。

「僕には防ぎようのない沈黙だった。僕はプレーヤーをオート・リピートにしてビング・クロスビーの『ホワイト・クリスマス』を二十六回聴いた。」

(下)p178より

世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド

「世界の終り」と「ハードボイルド・ワンダーランド」の章に分かれており、世界を異にする一人称視点(「僕」と 「私」)からの叙述が、章ごとに交互に入れ替わりながら、パラレルに進行する。但し、厳密な意味でのパラレルとは言えない(『海辺のカフカ』の同時間軸とは異なる)。『ノルウェイの森』(単行本)のあとがきの中で、村上はこの小説を自伝的な小説であると位置づけている。

私は目を閉じて、その深い眠りに身をまかせた。ボブ・ディランは『激しい雨』を唄いつづけていた。

(下)p341より

ノルウェイの森

学生運動の時代を背景として、主人公「僕」と、友人の恋人「直子」を軸に、様々な思春期の葛藤や人間模様、恋愛、喪失感などを巧みに描き、非常に広く読まれている。
元となる作品として短編小説の「螢」がある。

「…ビートルズの『ノルウェイの森だった』。そしてそのメロディーはいつものように僕を混乱させた。」

(上)p7より

ダンス・ダンス・ダンス

俗に言う鼠三部作の続編。やや抽象的・奇抜な表現や台詞の多かった前三作に比べて作風はずいぶんと変わり、活字の量・物語性が増している。ただし、村上自身は前三作同様に自由に書いたものであるとしている。また、それまでの村上作品に一貫したテーマである、資本主義の高度発展への社会批判、空虚感と孤独感が特徴として挙げられる。

僕はぼんやりとそんなことを考えながらずいぶん長く車を走らせた。途中でローリング・ストーンズの「ブラウン・シュガー」がかかった。僕は思わず微笑んだ。素敵な曲だった。「まともだ」と僕は思った。

(上)p36より

国境の南、太陽の西

1992年10月、書き下ろし長編小説として講談社より発行。1995年10月講談社文庫刊。アメリカのプリンストンで書かれた。

『ねじまき鳥クロニクル』を執筆し、第1稿を推敲する際に削った部分が元になり、そこに更に加筆する形で書かれている。

「ストーブのガスの火がほんのりと赤く部屋の壁をてらしているだけだった。ナット・キング・コールは『プリテンド』を歌っていた。」

p17より

ねじまき鳥クロニクル

1991年、村上がプリンストン大学に客員研究員として招聘された際、滞在1年目に1部と2部が執筆された。その後、加筆と推敲をあわせて、第3部までが出版されるまでに4年半の歳月が費やされている。村上の小説としては初めて、戦争等の巨大な暴力を本格的に扱っている。

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