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「合成の誤謬」についてのまとめ

なんかよくみかける経済学の言葉「合成の誤謬」の例をいろいろ集めてみました。なお画像は「とあるさくらのジェネレータ」(http://to-a.ru/)で作成したものです。

更新日: 2012年10月19日

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この記事は私がまとめました

まずは定義からみていきましょう。

合成の誤謬 (ごうせいのごびゅう)
英語 : Fallacy of composition (ファラシ・オブ・コンポジション)
合成の誤謬とは、ミクロ(個人)に当てはまることは、マクロ(社会全体)にも当てはまると考えるのは誤りであることをいいます。

経済のしくみを解き明かすには、マクロ経済学とミクロ経済学の両方を捉える必要があります。どちらか一方だけでは、誤った分析をしてしまう可能性があるからです。

もともとは論理学の用語であった。日本では経済学の文脈でのみ使われることが多いが。

合成の誤謬(fallacy of composition)
A「Bさんの腕時計はロレックスで、財布とサングラスはグッチだった。きっと彼はお金持ちに違いない」

 これは「ある部分がXだから、全体もX」という議論で、合成の誤謬と呼ばれる。早まった一般化との違いは、最初に着目するものが「全体に対しての部分」であるという点。

 この種の論証は必ずしも真ともならないが必ずしも偽ともならない。もしこの種の論法がつねに有効であるとすれば、「Bさんは白ワインが大好きだ。他にもエビフライ、アロエのヨーグルト、カスタードクリームが好きだと聞いた。なら、白ワインとカスタードクリームを混ぜたアロエのヨーグルトをエビフライにかけた物も喜んで食べるに違いない」といった推論がつねに正しいことになる。

論理学における文脈では合成の誤謬の反意語として「分割の誤謬」がある。

分割の誤謬(fallacy of division)
A「Bさんはお金持ちだ。だから身に付けている装飾品も、自己所有の自動車も、住んでいる家も、全て高価なものに違いない」

 これは「全体がXだから、ある部分もX」という議論で、分割の誤謬と呼ばれる。合成の誤謬とは逆のパターンの詭弁。Aの発言は「Bさんはカレーライスが大好物だ。だからニンジンやジャガイモや米やカレー粉をそのまま与えても喜んで食べるだろう」と論理構造が等しい。

動画による説明を見て見ましょう。

この動画にもあるように、経済学上における「合成の誤謬」の反意語は「神の見えざる手」であるといえるでしょう。

神の見えざる手は「市場経済において各個人が自己の利益を追求すれば、結果として社会全体において適切な資源配分が達成されるとする考え方。(wikipediaより)

そしてどちらの言葉が社会現象を描写するのにより適切なのかはケースバイケースなのです。

合成の誤謬でいろいろ説明しようとしているのを見ていきます。

豊作貧乏という現象を説明。

一人ひとりは、「豊作」=収穫量が多い→収穫量に応じて収入が多い、
ことをめざす。
しかしその結果として、全体(=一人ひとりの結果の合成)では、「豊作」=供給過剰→単価が安くなる→収入は大きくならない、場合によっては減る、ということで、当初のもくろみを誤ってしまうこと。

少子化についての説明

最近合成の誤謬って言葉をよく聴くけどその典型は少子化だよな
給料が少ないから子供をたくさん産まない→
人口減少で内需が縮小する→
景気が悪化し給料が減る→戻る

家電メーカーのテレビによる赤字の原因

なぜ家電メーカーの多くが多額の損失を計上するような結果になったのでしょうか。ぼくはテレビがアナログから地デジ放送への切り替えが原因だったと思います。そもそも薄型テレビの価格が下落したのは多くの家電メーカーが薄型テレビを製造したことによる供給過多です。そして、この供給過多を引き起こしたのが、地デジによるテレビの買い換え需要です。

経営者としては、目の前に薄型テレビの大きな需要があるので、設備投資により工場で増産体制を整えるのは当然の意志決定です。逆に増産体制を確保できないと、ミスミス他社に利益を明け渡すようなものです。しかし、これをメーカー全社でやってしまうと、今回のような需要が供給を上回り値崩れが起こってしまいます。このように個々が良いと判断した結果、全体が損をすることを合成の誤謬と言います。

値切るという行為について

例えば、これまで100万円で購入していた原材料を、値下げ交渉の結果、90万円に下げることに成功した場合、その交渉した人物は「10万円得をした」と思うだろう。確かにその会社の利益は一時的には10万円アップするので、会社単位で見れば得をしたことに違いはない。しかし、経済全体として見れば、10万円分経済が縮小したことになる。(正確に言うと10万円では済まないのだが、話がややこしくなるので、ここでは省略する)

 もちろん例外はある。しかし基本的には、商品を1割値切って喜んでいる姿というのは、自分自身の給料が1割下がって喜んでいる姿と表裏一体なのである。1割値切れば、巡り巡って別のところで1割値切られる羽目になる。これも因果応報とでも呼ぶべきものなのかもしれないが、一時の自分の利益しか考えない人間は、いずれその利益を気が付かない内に失うことになってしまう。

一部抜粋なので全文はリンク先より御覧ください

選挙における投票についての説明

選挙に関連して私が投票という言葉を聞く際に良く思い出す概念を一つ。

ある世代の人が、自分一人が時間を削って投票に行こうとも選挙結果が変わる確率は限りなくゼロに近いので投票に行かないという合理的な選択(合理的棄権仮説)をその世代の多くの人が実行すると、その結果当選した政治家が投票率の低い世代の意見を反映するインセンティブが薄くなり、その世代が無視されやすいという事態に陥ります。こういったミクロ(個人)の視点では合理的な行動だけどマクロ(全体)の視点では損になる現象を「合成の誤謬」といいます。

ポイントカード

ポイントカードは「なんだか得した気分」になるが、俯瞰すれば、ポイント制度を作ることによるコストによって、定価が上がり、卸値が上がり、販売価格が上がっているだけである。

個々人の「オトクな気分」のために商品全体の価格が上がってしまうという点で「合成の誤謬」が生じている。

ゲーム理論において

「ゲーム理論」という領域があって、ここに「囚人のジレンマ」という有名なテーゼがあるのだそうだ。

これは何を言っているかというと、個人としての最良の選択が必ずしも全体から見た最良の選択とはならないという矛盾律のことだ。

2人共犯で犯罪を犯した囚人が別々に留置されている。
この二人には以下の司法取引の条件が提示される。

1)二人とも自白しなければ二人とも刑期2年
2)一人だけ自白すれば自白したものは刑期1年に減刑、自白しなかった共犯者は刑期15年
3)二人とも自白した場合は二人とも刑期は10年
4)こういう条件を共犯者も提示されていることを二人は知っている

勿論二人は別々に収監されているので相談したり、口裏を合わせることはできないとするとどうなるか。

合理的に考えると、二人とも自白しないで刑期2年というのが最良の選択になる。
ところが個人としては結局そういう選択をしないという。
個人の問題になれば違う考え方をする。

1)もし共犯者が自白しないとすれば、自分だけ刑期を1年に減らせることになる
この場合自白しないよりもトクということになる。
2)もし共犯者が裏切って自白したら、自分だけ15年の刑を食らうことになる
この場合も自白すれば刑期を10年に減らすことができるのでトクということになる
3)口裏を合わせるような打ち合わせを許さないので結局二人ともこの思考パターンに陥る
それで最良の選択である二人とも否認して二人とも刑期を2年に押さえるという選択は結局されない

つまり、この場合の結論は二人とも自白して10年の刑を食らうという一種類しかないことになる。

個人の利得を考えた結果が全体の利得につながらなかったという事で合成の誤謬といえるでしょう。

ハーフマラソンにおけるスタートの位置取りについての説明。

一般的に、マラソンのスタートは、その人の自己申告によるベストタイム順に採番されたナンバープレートの順番で並ぶことになっている。
例えば、こんな感じ。

------スタート地点----------
--↓招待選手(ゼッケン一ケタ台)
--↓自己ベスト ~1時間15分
--↓自己ベスト 1時間15分~1時間30分
--↓(以下、続く)


えてして、ズルいヤツ、頭の悪いヤツ、自分の実力を正確に把握できていないアホというのはどこにでもいるもので、こいつらは、本来の実力以上のところに並びたがる。

こういうヤツらは、スタート直後から周囲のスピードにはついていけないので、ただでさえ混乱するスタート直後に、回りにいる、本来のそのタイムのセグメントの人たちが迷惑をする。

なので、まともな人も、本来の自分のベストタイムよりもちょっと早めに申告して、ズルいヤツらが巻き起こす渋滞に巻き込まれないようにしようとする。

→ みんな同じように早めのセグメントに並んで走りたがるので、かくして、スタート直後は脚力が異なる人たちが混在しながら走ることになり、遅い人は後ろから小突かれたりするし、速い人は渋滞に巻き込まれてスピードが乗らず・・・ということになってしまう

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