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【リアル刃牙】人類史上最強の男は誰だ?厳選10傑!

過去から現在まで!この人達なら人類最強どころか霊長類最強レベルかもしれないですね!強さって憧れます。

更新日: 2012年10月25日

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アレクサンドル・カレリン

アレクサンドル・アレクサンドロヴィチ・カレリンは、ロシア連邦ノヴォシビルスク出身のグレコローマンレスリングソビエト連邦、独立国家共同体、ロシア代表選手。身長191cm、体重130kg。
オリンピックにおいてグレコローマンレスリング130kg級で1988年、1992年、1996年と三大会連続で金メダルを獲得。その前人未到とも称された大記録と圧倒的な強さから、海外マスメディアでは"The Experiment"、日本では"霊長類最強の男"の異名で知られる。

霊長類ヒト科最強

全盛期の背筋力は400kg以上に達したという。彼の怪力に関するエピソードとして、引越しの際にアパートの1階から8階(一説では15階とも)まで、たんすや冷蔵庫(重さ120kg)を一人で担いで運んだという逸話がある。

格闘王・前田日明をして「どの分野でも強い人間はいるが、カレリンはまちがいなく『最強』だ」と言わしめた「最強の男」

「カレリンを倒すには、ゴリラに格闘技を教えるしかない」
 レスリング選手たちはそう囁きあった。

レスリング最重量級にて13年間無敗。オリンピック3連覇。世界選手権9連覇。国際大会76連勝。公式試合300連勝。

呂布奉先

呂 布(りょ ふ、? - 建安3年(198年))は中国後漢末期の武将・群雄。字は奉先。五原郡九原県(現在の内蒙古自治区内)の人。戦乱の後漢末期にあって群を抜く武勇を誇った。『三国志演義』等、三国志関係の物語等では最強の武将として描かれる。

呂布は腕力が常人よりも遥かに強く、弓術・馬術にも秀でていたため、前漢時代に活躍した李広になぞらえて飛将と呼ばれていた。

弓の腕だけではなく体術も呂布は優れている。主である董卓はかなり困った人だった。あるときちょっと気にくわないことがあって、小さな戟をぬいて呂布をなぐったことがあった。呂布は拳(腕力)と敏捷さで身をかわし、董卓のほうをふりむいてあやまった)〔呂布伝〕
 手戟(小さな戟(ほこ))は解釈によって形状が変わる武器なのだが、当たれば大怪我をするか死ぬ武器であることに間違いない。董卓はちょっと気にくわないことがあったぐらいでも人を殺しかねないので、かなり本気で攻撃したのだろう。それを呂布は見事にかわしている。体術も並々ならぬ物を持っていたことがわかる。

彼の驍勇無双ぶりを最もよく表すシーンとしては、虎牢関の戦いにおいて張飛と互角の打ち合いをし、関羽、劉備が加わってもなお持ちこたえる「三英戦呂布」が特に有名である。

関羽、張飛は三国志においてもトップクラスの武勇を誇る豪傑です。

植芝盛平

植芝 盛平(うえしば もりへい、1883年(明治16年)12月14日 - 1969年(昭和44年)4月26日)は、日本の武道家。合気道の創始者。合気道界では「開祖」(かいそ)と敬称される。

身長156㎝ながら大相撲力士を投げ飛ばすなど幾つもの武勇伝で知られ、また老境に至っても多くの“神技”を示し「不世出の達人」と謳われた。大東亜戦争(太平洋戦争)中は軍部に有用性を認められ、陸軍憲兵学校・海軍大学校などで武術指導を行う。

鉄砲の弾をよける
1924年(大正13年)2月、出口王仁三郎と共に、宗教国家の建設を意図し満州・モンゴルに赴く。数々の死線を通じて銃弾を避けられるようになった。盛平自身の説明では「敵の銃弾より先に赤い光が飛んでくるので、それを避けると後から銃弾が飛んでくる」のだという。また剣を相手にしたとき、まず白いモノが振り下ろされ、それを避けると必ずそのあとに本物の剣が振り下ろされたという。

柔道家阿部謙四郎を組み伏せる
1934年(昭和9年)頃、盛平は、武道専門学校の柔道家阿部謙四郎と汽車内で出会った。盛平は阿部に小指を握らせると、瞬時に阿部をその場に組み伏せて見せたという。

元大相撲力士・天竜を投げる
1939年(昭和14年)春、満州国・新京で開かれた演武会で、力比べを挑んできた元大相撲関脇・天竜(和久田三郎)を投げ倒した。この時天竜34歳、身長187センチ体重116キロ(身長体重は現役時代)。一方の盛平55歳、身長156センチ体重75キロ(身長体重は20歳時)

憲兵の待ち伏せ
1941年(昭和16年)頃、陸軍憲兵学校が盛平の武術の実戦性を認め、柔・剣道を廃し合気武道を正課に組み入れた。盛平が憲兵学校で教授した際には、腕試しを挑まれたり集団で待ち伏せ襲撃を受けたことがあったが、その度にこれを捻じ伏せ実力を思い知らせたという。

マイクタイソン

“マイク”マイケル・ジェラルド・タイソン(Michael Gerard "Mike" Tyson)は、アメリカ合衆国の元プロボクサー。

身長180cm(諸説あるが、慈恵医大で測定したところ180cmだった)、リーチ180cm、周囲50cm超の首を誇る。ヘビー級としては小柄ながら巨漢ボクサーをガードごと薙ぎ倒す桁外れのパンチ力と、ヘビー級史上最速の評価をモハメド・アリと分かつスピード、急所を正確にコンビネーションで打ち抜く高度なオフェンス技術、そして相手のパンチをガードのみに頼らず、そのほとんどを空に切らせる鉄壁のディフェンス技術を武器に次々に大男たちをマットに沈め、モハメド・アリ引退後のヘビー級の停滞期を打ち破りパウンド・フォー・パウンドの頂点に君臨した。

余りにパンチ力が強かったためアマチュア時代からスパーリングの相手に苦労しており、15歳時には週給1000ドルを支払って当時の世界ヘビー級王者ラリー・ホームズのスパーリングパートナー達を雇っていた。

エメリヤーエンコ・ヒョードル

エメリヤーエンコ・ヒョードルまたはエメリヤーネンコ・フョードルは、ロシアの総合格闘家、サンボ選手、元柔道家。レッドデビル・スポーツクラブ所属。初代リングスヘビー級王者、第2代PRIDEヘビー級王者、初代WAMMA世界ヘビー級王者。

2010年までは日本だけでなくアメリカなどのメディアからも「総合格闘技界全体で最強」と評価されており、多くのランキングにおいてヘビー級(93kg-120kg)世界1位にランクインしている。

2010年に敗れるまで10年間無敗という記録を作った。

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