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【閲覧注意】人柱にまつわる話

「人柱」ってよく聞く「言葉」ですよね。では本当の「人柱」って・・・時にして人間は「怖い存在」になります・・・

更新日: 2012年10月22日

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kon40さん

溜池

僕の近所の溜池には人柱の伝説があって、
犠牲になった乙女をマツっている神社まであります。
これってほんとなんでしょうか?
人柱なんてほんとにあったのか疑問です。
溜池にはそういったなんらかの伝説がくっついてる場合が
よくあると聞いたこともありますが。
誰か人柱について詳しい人教えてください。

民話には沢山あるよね
有名なのは
「雉子も鳴かずば撃たれまい」っていうのがありますね。

長柄の人柱伝説だね。
「物いわじ 父は長柄の人柱 鳴かずば雉も 射られざらまし」

長柄橋の人柱に関しては、以下の伝説が残っている。

推古天皇の時代(飛鳥時代)、古代の長柄橋の架橋は難工事で、人柱を捧げなければならないという状況になった。そのことを垂水(現在の吹田市付近にあたる)の長者・巌氏(いわうじ)に相談したところ、巌氏は「褌(はかま)に継ぎのある人を人柱にしなさい」と答えた。しかし皮肉にも、巌氏自身が継ぎのある褌(はかま)をはいていたため、巌氏が人柱になった。
巌氏の娘は北河内に嫁いだが、父親が人柱になったショックで口をきくことができなくなったため実家に帰されることになった。夫とともに故郷に向かっている途中、1羽の雉が声を上げて飛び立ったので、夫は雉を射止めた。その様子を見た巌氏の娘は「ものいわじ父は長柄の人柱鳴かずば雉も射られざらまし」と詠んだという。妻が口をきけるようになったことを喜んだ夫は、雉を手厚く葬って北河内に引き返し、仲良く暮らした。
現在の大阪市淀川区東三国に、古代長柄橋の人柱碑が残っている。長柄人柱伝説は、「長柄の人柱」や「雉も鳴かずば打たれまい」という「口は災いのもと」という意味のことわざの由来とされている。

記憶は曖昧だが、関東大震災で
皇居のどっかが壊れて、それを修復する為
基礎を掘り返したら人骨が数体出てきた、ちゅう内容だったような。

で、問題になったのは、天皇家も人柱立てたのかどうか、だったと思う。
こういう事、あんまり書くとマズイかしらん。

大正時代、皇居二重櫓下から、人骨が出てきて人柱か否かの論争が起きた
らしいね。
そのとき、南方熊楠が「人柱の話」と言う随筆を書いて、実際に近世まで
人柱が行われていたこと説いた

人柱の伝説

人柱の伝説、習俗は世界中にあるそうです。ボルネオのミラナウ族は柱穴を
堀り奴隷娘を落として殺しました。朝鮮では1528年に成同という人物の
隣家の子供達が突然失踪しました。実はこの成同という人物が家を建てるときに
埋めていた事が発覚しました。ソロモン諸島ブーゲンビル島のブイン族
人狩りをし、その奴隷を殴り殺して頭、手、足に解体、柱壁に縛り、これらに
槍と矢を投げる。3日後それらを埋め、10日後に掘り出して骸骨を中心の柱
の隣に置く。ヨーロッパでも人の血を注いだとか少女を生きたまま壁に
取り込んでしまったと言う伝承。また人の変わりに人形や動物とかを使う
ケースもあります。
日本もたくさんの人柱伝承はありますね。自分の隣町にも橋の建設の為の
人柱の伝承があります。柳田國男の主張、水神に仕える巫女が物語として語り歩いた、
と南方熊楠の主張、どっちなんでしょ。伝承のある場所から人骨が
出たと言う考古学的証拠は見つかっていないのでしょうか?

北海道の常紋トンネル

北海道の常紋トンネルは囚人を人柱にして作ったトンネルなので
幽霊が出ると言う話は有名です。今は閉鎖してますが。

常紋トンネルは、囚人労働が廃止された大正元年から三年がかりで建設
されたトンネルだから「人柱」の噂になっているのは、タコと呼ばれる
労務者のことだよ。
常紋トンネル付近には、苛酷な労働によって死亡したタコの死体が埋められている
らしく、その数は百数十人と言われている。
「常紋トンネル」という本の中に、トンネルの補修中、壁面から人骨が発見され
たとの話が載っているね(ただし、その著者が確認した訳ではない)。
これが、人柱なのか、単なる死体遺棄なのか、タコを暴力でまとめるための
見せしめなのかは、人骨発見だけではわからないよね。

オランダ人カロンが、すすんで人柱になる日本人のことを記している。

オランダ人カロンが、すすんで人柱になる日本人のことを記している。
「日本の諸侯が城壁を築くとき、多少の臣民が礎として
壁下に敷かれんと願い出ることがある。
自ら志願して敷き殺された人の上に建てた壁は
壊れないと信じられているからである。
許可を得て礎の下に掘った穴のなかに横たわって重い石に潰される。
ただしかかる志願者は、平素苦役に疲れた奴隷だから、望みのない
世に永らえるより、死ぬほうがましと考えているのかも知れない」(4)
この記述が本当なら皇居の人骨も人柱のように思えてきます。

築城にまつわる人柱伝説って、多いよね。
二重櫓下から出てきた人骨に関する伝説や由来などは、
不明みたいだけどそれが
人柱であった可能性は否定できないと、おれも思う。

柳田国男の「水神に仕える巫女が物語として語り歩いた」
ってのは、治水にまつわる人柱伝説を、
歴史的事実としてではなく物語として
説明するのには有効かもしれないけど、
治山や築城にまつわる人柱伝説に関しては、無効だよね。
これに関して、柳田国男は、どういう見解をしめしていたのだろう。

日本各地の人柱伝説は「長柄の人柱伝説」のパターンが多いね。
人柱を立てようと提案した本人が人柱になるってケース。
物語として面白いから、そのパターンの伝説が
全国各地に広まったんだろうか?

ハイヌウェレ

人柱とか人身御供っていうのは
遡ればハイヌウェレまで行き着くのかもしれない。

インドネシア・ウェマーレ族の神話に出てくる女。
彼女の死体を埋めると、そこから沢山食べ物が出てきた。
これを連想させる奇習がポリネシア地域に存在。
縄文時代途中まで、日本にもあったといわれている。
女の人形(土偶)を壊して埋めることでそれの代用とした。

百万一心

どこの昔ばなしか忘れたが、何度築いても壊れる川の改修工事で
「人柱を・・」って話が出た時に、殿様が「一意専心」と書いて
「これを石に彫って使え。人柱なぞまかりならん」と言って今度は
しっかり完成させたそうな。

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