1. まとめトップ
  2. 雑学

デカすぎて反則! 超長身NBA選手たち

平均身長が200cmを超えるNBAにおいて、なお異彩を放った“超”長身長選手たちを集めました。

更新日: 2012年11月30日

kiyo_fujiさん

  • このまとめをはてなブックマークに追加
113 お気に入り 704918 view
お気に入り追加

229cm ヤオ・ミン (姚明、Yao Ming)

2002年のNBAドラフト1巡目1位でヒューストン・ロケッツに指名され、現時点で、史上最も活躍した“超”長身選手となった。パワーはもちろん、ファストブレイクに行けるスピードも、ドリブルやパスのセンスも持ち合わせる、「大きいだけ」のプレーヤーではない。シュートも上手く、全盛期は平均20点を超えた。デビューから3年連続で80試合に出場したが、徐々に怪我から出場試合が減り、2010-11シーズンで引退した。彼のバスケットボール選手としての才能は、彼のハイライト写真からもわかる。小さい選手との比較写真よりも、ビッグマンとのプレー中の写真が多い。

引退後は、かなり太ってきている。

ヤオ・ミンのセットシュートを止めるのに、人間2人が必要。ジャンプされたら終わり。

229cm ショーン・ブラッドリー (Shawn Paul Bradley)

1993年のNBAドラフトにおいてフィラデルフィア・セブンティシクサーズから2位指名を受ける。ドイツ人だが、アメリカで育った。フィジカルに劣ったが、巧さはあった。ただしファウルが多く、出場時間は少なかった。

隣は同じくドイツ人で、ダラス・マーベリックスの同僚ダーク・ノビツキー。213cmある、はずである。

マイケル・ジョーダン、チャールズ・バークレー、パトリック・ユーイング、ラリー・ジョンソン、マグジー・ボークス、そしてショーン・ブラッドリー。ほかのメンツから、いかに注目された選手かがわかる。

231cm マヌート・ボル (Manute Bol)

以下Wikipediaより
>スーダン南部のディンカ族の酋長の息子で、名前の「マヌート」とは「恵み」の意味を持つ。ディンカ族は世界一の長身民族である。父親は203cm、母親は208cmあり、曾爺さんは240cmあったらしい。

小さなスラムダンカー、スパッド・ウェブと同じ時代にプレーし、よく比較された。

231cm  ジョージ・ミュアサン (ゲオルゲ・ムレシャン、Gheorghe Mureşan)

1993年のNBAドラフト2巡目全体30位でワシントン・ブレッツに入団したルーマニア人選手。「MIP」も獲得するなど、活躍した。

221cm アルビダス・サボニス(Arvydas Sabonis)

旧ソ連、リトアニア人。1986年NBAドラフト1巡目24位で指名されたものの、当時アメリカとは冷戦中、さらにオリンピック出場を優先し、NBA入りは1995年までかかった。その間に行われた1988年のソウル五輪では、“提督”デビット・ロビンソン率いるアメリカ代表を打ち負かし、金メダルを獲得。次回バルセロナ大会で、かの有名なプロ参加&スーパースター集団「ドリームチーム」が生まれるきっかけを作った。ヨーロッパ史上最高のセンターと言われている。

高齢でのNBA入りであり、さらに年々体重が増加、怪我も多かった。それでも、片手で楽々とボールをあつかい、バックレイアップシュート、3ポイントシュート、ノールックパスなど恐るべき技術を見せつけた。全盛期のシャキール・オニールと唯一対等にマッチアップできたセンターでもあった。

230cm 岡山恭崇 ※NBA入りせず

オリンピックを優先したため、残念ながらNBA入りはしていないものの、1981年NBAドラフトでゴールデンステート・ウォリアーズ8巡10番目指名を受ける。現在まで、史上唯一のNBAドラフト指名された日本人だ。

引退後はアメリカにコーチ研修へ。日本でコーチなどを務めた。バスケットボール教本も出版している。

236cm 孫明明 (そん めいめい、スン・ミンミン、Sun Mingming) ※NBA入りせず

NBA入りしていれば、史上最大のNBAプレーヤーになれたが、現状でも世界最大のバスケットボールプレーヤーだ。

背伸び無しでリングにボールが届いちゃう。2008-2009年には日本の国内プロリーグ「bjリーグ」の浜松・東三河フェニックスに所属した。ちなみにジャッキー・チェン&クリス・タッカーでおなじみ『ラッシュアワー3』に出演している。

1 2





kiyo_fujiさん