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中国が尖閣以外に狙う島『馬毛島』【5分でわかる馬毛島の歴史と馬毛島問題】

無人島としては国内で2番目に大きい周囲16キロメートルの同島がいま政府関係者の関心を集めている。

更新日: 2016年07月16日

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島の名の由来は、ポルトガル宣教師たちが鉄砲とともに渡来させた馬を養っていたこと

鉄砲伝来の地、鹿児島県の種子島。その種子島の西方、12キロメートルの東シナ海上に浮かぶのが馬毛島である

無人島としては国内で2番目に大きい周囲16キロメートルの同島がいま政府関係者の関心を集めている。発端は、島を99.6%%所有する採石販売会社「立石建設工業」会長の立石勲氏のこんな発言が政府に伝わったからだった。

「中国の企業が何社か接触してきている。日本の対応次第では売ってもいい」

 立石氏がこう漏らすようになったのは今年に入ってからだという。後述するが、立石氏はこれまでも島を巡り、政府とやり合ってきた経緯があった。

出典週刊ポスト2012年11月16日号

■馬毛島の歴史

1951年からは戦後緊急開拓事業による農業開拓団が入植を開始。ピーク時の1959年(昭和34年)には113世帯528人が住んだ。

しかし、農業に適さない土地であることに加え、害虫や鹿の農作物被害が増加し生活が困窮したため、島民は徐々に島を離れていった。

西之表市立馬毛島小・中学校も廃校となり、無人島となった。

1974年、平和相互銀行により馬毛島開発株式会社が設立。レジャー施設、その後、石油備蓄基地の候補地をあてこみ、土地を買収。しかし石油備蓄基地は鹿児島県志布志湾に決定。

1995年、立石建設が馬毛島開発を買収して子会社とする。

2005年(平成17年)の国勢調査では、同社の従業員15人が住民として登録されており、再び有人島扱いとなっている。

1982年 不動産融資事件発覚。
1983年 馬毛島事件発覚。
1985年 金屏風事件発覚。これらは全て竹下派に関連した犯罪であり、平和相互銀行事件と称されている。
1986年10月1日 住友銀行に吸収合併される。

■馬毛島事件

1983年に、平和相銀監査役の伊坂重昭(元東京地検特捜検事)らは、馬毛島の土地をレーダ基地として防衛庁に売却することを計画し、政界工作として総額20億円を20人近い自民党議員に渡した。結局レーダ基地は建設されることはなかった。

■滑走路建設問題

2008年、米軍厚木基地の空母艦載機の夜間離着陸訓練(NLP)の候補地として馬毛島の名前が浮上した。防衛省は水面下で調査検討したものの、訓練区域の一部に屋久島が入ることから自然環境に配慮して断念した。

出典週刊ポスト2012年11月16日号

2009年、政権が自民党から民主党に変わると、普天間基地の移設先として馬毛島はさらにクローズアップされた

2011年5月には、北沢俊美防衛相が陸上空母離着陸訓練施設の候補として検討を指示していることが報道された。

■譲渡と貸し出しの攻防

馬毛島は過去に汚職の舞台となり、また立石建設および実質的なオーナー立石勲が、法人税3億2000万円を脱税したとして在宅起訴され、2011年6月に有罪判決を受けている、などの事情から、防衛省では島の買い取りを前提としている

しかし、立石社長は「売れば価格が高いと批判されかねない。沖縄の米軍用地の半分の賃料で、国が借り上げて欲しい」と譲らない。

かつて馬毛島が将来的には日本防衛の有力な土地となると聞いた立石氏は、自ら率先して住民票を馬毛島に移し、私財を投じて滑走路建設に着手した。投じた金額は150億円にも上るとされている。

国が提示した金額は、立石氏の期待を裏切るものだった。

ここをねらって、中国が食指を伸ばしてきた

■日本人が中国の土地は購入できないのに、中国人が自由に日本の土地を購入できるのは問題がある

「外国企業が離島を買うとなっても法的に禁止することができません。さらに問題なのが日本の法体系の中には買った土地に対する禁止条項がないこと。個々の自治体による行政上の制約はあるが、安全保障上の規制ではない。

出典週刊ポスト2012年11月16日号

例えば通信施設が作られたとしても、国として強制的に立ち入り調査することはできないんです。外国企業に島を買い取られた場合、島を日本の監視下におくことは現実的に難しい」

出典週刊ポスト2012年11月16日号

日本人が中国で土地を購入することはできず、購入できるのは土地使用権のみである。期限に達すると、再び評価額を提示され、再度その支払いを強要されるか、或いは別の場所に移るしかない。

土地に限らず、国債も買えないし、株式も香港上場株しか買えない。

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