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世界の未解決事件と謎の人物

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更新日: 2019年03月03日

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wappameshiさん

麻原彰晃(本名:松本智津夫)

宗教団体オウム真理教(現Aleph)の元代表、教祖である。現在は死刑囚。
オウム真理教は、松本サリン事件、地下鉄サリン事件などのテロを含む多くの反社会的活動を行った。
自動小銃や化学兵器、麻薬類の量産を行い、教団内に省庁制を敷き、独立国家の創造を目指していたとされる。

【地下鉄サリン事件】
1995年(平成7年)3月20日に、東京都の地下鉄内で、宗教団体のオウム真理教が起こした神経ガスのサリンを使用した同時多発テロ事件で、死者を含む多数の被害者を出した。
松本サリン事件に続き、大都市で一般市民に対して化学兵器が使用された史上初のテロ事件として、全世界に衝撃を与え、世界中の治安関係者を震撼させた。
警察庁による正式名称は地下鉄駅構内毒物使用多数殺人事件である。

麻原には12人の子供がいる。そのうち妻の松本知子の子は6人で、三女の松本麗華(アーチャーリ)が報道番組のインタビューに応じたことが話題になっている。

月刊誌「創」編集長で、家族の取材も長期的に行ってきた篠田博之氏が指摘する。「子供たちの場合、1995年の地下鉄サリン事件時に長女、次女、三女の3人は10代だったはずで、四女とその弟たちはもっと小さかった。上の3人は、もちろん事件に教団は関わっていないと教えられたし、四女から次男の3人はまだ何もわかっていなかったでしょう」

オウム真理教の幹部で「科学技術省大臣」の村井秀夫が、200人を超えるマスコミ関係者が集まり監視中の東京都港区南青山にあった教団東京総本部前で、山口組傘下の右翼団体を名乗る在日朝鮮人構成員に殺害される。
村井ら教団幹部は、東京総本部に出入りする際は地下通用口を使用していたが、事件当夜はなぜか施錠されており、村井が外階段を引き返し1階出入口に向かおうとした際に襲われた。

ホーリーネームはエーネッヤカ・ダーヴァナ・パンニャッターで、教団が省庁制を採用した後は「厚生省」に所属した。オウム真理教事件実行犯の1人として、警察庁特別指名手配被疑者に指定され、長期間逃亡していた。
山梨県上九一色村の施設から東京都八王子市のアジトに爆発物の原料となる薬品類の運搬役をしたとされ、ここから『走る爆弾娘。』の異名を持つ。
東京都庁の郵便物爆破事件で、殺人未遂のほう助の罪に問われた菊地直子に、2審の東京高等裁判所は、1審の懲役5年の判決を取り消し、無罪を言い渡しました。

公安調査庁によると、オウム真理教の後継団体「アレフ」と「ひかりの輪」には、今年1年間でおよそ130人が入信し、滋賀県と札幌に新たな拠点施設が作られたことがわかりました。
また、「アレフ」では、子どもたちに麻原死刑囚の教義を教えるため、「そんし そんし あさはらそんし」などと書かれた「真理かるた」という独自の教材を使っているのを確認したということです。

中村泰(警察庁長官狙撃事件)

1995年3月30日に、日本の警察庁長官國松孝次が何者かに狙撃された。10日前の3月20日に地下鉄サリン事件が発生し、オウム真理教に嫌疑が向けられて、8日前の3月22日にオウム真理教関連施設への一斉強制捜査が行われていた。

【オウム信者説】
オウム真理教の信者だった警視庁巡査長(事件当時31歳)が、犯行の具体的な状況や、銃を神田川に捨てたことを自供していたが、犯行に使用した拳銃が発見されず、供述に矛盾点が多いとして立件は見送られた。
警視庁公安部は、時効成立後も、この事件がオウム真理教の信者による組織的なテロであるとの見解を示している。

【単独犯説】
2004年に「新潮45」に中村泰が手記を寄せ、国松長官を狙撃したという爆弾発言をした。
2008年にオウム真理教とは関係ない別の強盗殺人未遂事件で逮捕された男が犯行を示唆する供述をしていると報道された。
中村は満州に生まれ、旧制水戸高校から東京大学教養部へ入学するも、左翼運動に傾倒し中退する。その後に過激な革命思想に走り、26歳のときに東京都三鷹市で警察官を射殺。出所後は、チェ・ゲバラの革命運動に感動し、ニカラグアで革命運動に参加するためニカラグアへ渡航している。

金正男 暗殺事件

テレビ朝鮮は、「金正男がマレーシアで北朝鮮のスパイに毒殺されたものと見られる」と複数の政府関係者が明らかにした。金正男は、13日の午前9時マレーシアのクアラルンプール空港の出入国審査近くにあるショッピングエリアで倒れ、空港から病院に緊急搬送の途中に死亡した。2人組の女たちに毒針で殺害されたと見られ、この容疑者の女たちは犯行直後タクシーに乗り逃走した。
マレーシア警察は14日深夜、金正男氏の死亡を確認したと韓国政府に連絡したことを明らかにした。

マレーシア紙「東方日報」(電子版)は15日、北朝鮮の金正男氏を殺害したとみられる女2人組のうち、ベトナム人の女1人をこの日朝、警察当局がクアラルンプール国際空港で逮捕したと報じた。
もう1人の女と事件に関与したとみられる男4人の行方を追っている。 
マレーシア警察当局者は女2人について「ある国に金氏暗殺のために雇われたと考えている」と述べた。また、殺害に使用したとみられる有毒薬物を特定したと語ったが、薬物名の言及は避けた。
韓国メディアは外交消息筋の話として、致死性の高いVXガスが犯行に使われた可能性があるとの見方を伝えた。

マレーシア警察署に逮捕された女性工作員はドアン・ティ・フォン容疑者。28歳のベトナム人でのネットアイドルと自称している。女性は殺した相手が誰かは知らず、男性4人にいたずらだと聞かされ、殺人だと思わなかったと主張している。
さらにインドネシア旅券の所持の女性容疑のシティ・アイシャ(Siti Aishah)とその恋人であるマレーシア国籍の男を逮捕した。

マレーシア警察は北朝鮮国籍の男を17日夜に逮捕したと発表した。逮捕された男はマレーシア政府が外国人労働者に発行した書類を持っており、これによると氏名は「リ・ジョンチョル(Ri Jong Chol)」で年齢は46歳だという。
正男氏殺害に関連して逮捕された容疑者は計4人となった。北朝鮮国籍の容疑者の逮捕は初めて。

マレーシアの警察は24日、遺体を調べて分析した結果、猛毒のVXが検出されたと発表しました。警察は、実行犯として拘束されたベトナム人とインドネシア人の女2人はクリームのようなものをジョンナム氏に塗りつけたと供述していることを明らかにし、遺体を司法解剖して死因を調べていました。

【牡丹の花小隊】
北朝鮮軍対外工作機関・偵察総局傘下の女性工作部隊。同小隊は10~20代の女性で組織されており、4年にわたり外国語や革命思想、攻撃手法などを学び、現地適応教育を受けた上で工作活動のため海外に派遣されるという。通常は3~5人が1組で、それぞれ破壊や攻撃を担うとされる。
北朝鮮は、出身階級や党に対する忠誠心を検証した上で、外国語に長け容姿に優れた女性を工作員に選んでいるとされる。

正男氏は金正恩委員長の異母兄で、故金正日氏の長男として1971年に平壌で生まれた。母の成恵琳(ソン・ヘリム)さんは夫も娘もいる女優で、正日氏の略奪愛だったとされる。2000年ごろまでは正日氏の有力な後継者とみられ、国家安全保衛部で幹部を務めていたが、01年5月、息子らと偽造パスポートで成田空港から日本に入国しようとして強制退去になる事件が発生。これがきっかけで、金正日氏から見放されたとされる。

「私の名前はハンソル。北朝鮮出身で、金一族の一人だ」と英語で自己紹介している。「私の父親は2、3日前に殺害された。現在、(私は)母親と妹とともにいる」と語った。
映像は7日、「チェオリマ・シビル・ディフェンス」という団体が投稿し、シンガポールのテレビ、チャンネル・ニューズ・アジアに連絡したという。この団体はウェブ上で、「正男氏の家族から、救助と保護の緊急要請を受けた」との声明を出し、オランダ、中国、米国、匿名の第4の国から支援を受けているとしているが、同テレビによると、マレーシア警察はこの団体を認知していないとしている。

Umbrella Man (ケネディ大統領暗殺事件)

1963年11月22日金曜日、現地時間12:30 。第35代アメリカ合衆国大統領ジョン・F・ケネディがテキサス州ダラスで暗殺された。
当日のダラスは快晴だったにもかかわらず、黒い傘をさした、明らかに怪しげな男が目撃されている。

大統領のリムジンが近づいてきた時、彼は傘を開いて頭上に高くかかげていた。彼が傘を時計回りに回すと、リムジンが速度を落とし、次の瞬間、大統領が狙撃された。

アンブレラマンの隣に立っている肌の浅黒い男が、大統領に向かって、ナチス式敬礼をしているように見える場面もある。この男が、無線で話している写真もある。

ウォーレン委員会は、ケネディ大統領をオズワルドが、テキサス州ダラスの教科書倉庫ビル5階の窓から狙撃し暗殺したと発表している。
事件発生直後、2階の食堂で食事をしているところを同ビルの従業員に目撃されており、また巡回中の警察官にも確認されている。警官が管理人にオズワルドのことを尋ねると「ここで働いている」と答えた。その後、建物を出たオズワルドはJ・D・ティピット巡査を職務質問中に殺害、その後でテキサス劇場で警察官殺害容疑で逮捕されている。
オズワルドは、逮捕直後から記者団の前で「過去の亡命につけこまれた」「自分は嵌められた」「身代わり」と主張し、また弁護士不在についても異議を唱えている。

バブーシュカ・レディー(ケネディ大統領暗殺事件)

ケネディ大統領暗殺事件の発生現場で、暗殺の瞬間を最も間近で撮影していたと思われる身元不明の女性に冠せられた通称である。
「バブーシュカ」とはロシア語で「お婆さん」という意味で、この女性がロシアで年配の女性が頭に被るようなスカーフを着用していたことからこのように呼ばれている。
バブーシュカ・レディーは、ケネディ大統領の車列が通過したエルム通りと、その1本隣りのメイン・ストリートの間にある芝生の上に立っていた。狙撃が止んだ後、彼女はエルム通りを横切って、エルム通り沿いの小高い芝生のある丘へ向かった。

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