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歴女よ、これが本物の歴女だ【戦国武将の妻たち】

男社会の戦国時代、そんな世の中で武将の妻として生きた女性たちをまとめてみました。

更新日: 2013年01月26日

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yosengaさん

前田利家夫人 お松

性1人が産む子供の数が多かったとされる戦国時代にあっても11人の実子がいる女性は稀有であり、記録が残る限りでは、伊達晴宗の正室久保姫と並んで最も数が多い。

利家とは従兄妹関係にあたる。女性でありながら学問や武芸に通じた女性であった。(出典:Wikipedia)

豊臣秀吉夫人 ねね

秀吉はねねに生涯頭が上がらなかった。

豊臣秀吉の正室である。杉原(木下)家定の実妹であるが浅野家に養女として入り娘となる。秀吉の養子となって後に小早川家を継いだ小早川秀秋(羽柴秀俊)は、兄・家定の子で彼女の甥にあたる。(出典:Wikipedia)

細川忠興夫人 細川ガラシャ

ガラシャは「夫と別れたい」と宣教師に打ち明けた。

明智光秀の三女で細川忠興の正室。諱は「たま」(珠、玉)または玉子(たまこ)。キリスト教信徒(キリシタン)として有名。(出典:Wikipedia)

浅井長政夫人 お市

近江国の浅井長政、後に織田氏家臣の柴田勝家の妻。父は織田信秀、母は側室または正室(継室)の土田御前。兄に織田信広・織田信長・織田信行・織田信包・織田信興・織田長益、弟に織田長利、姉にお犬の方などがいる。
子に茶々(豊臣秀吉側室)・初(京極高次正室)・江(徳川秀忠継室)がいる。(出典:Wikipedia)

織田信長夫人 濃姫

「濃姫」という通称は「美濃国出身の高貴な女性」という意味

稲葉正成夫人 春日局

大奥の公務を取り仕切るようになり、家光の側室探しに尽力し、伊勢慶光院の院主であった万や、楽、夏などの女性たちを次々と奥入りさせた。また将軍の権威を背景に老中をも上回る実質的な権力を握る

安土桃山時代から江戸時代前期の女性で、江戸幕府3代将軍・徳川家光の乳母。
(出典:Wikipedia)

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