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「この国には何でもある。だが、希望だけがない」今だから読みたい小説『希望の国のエクソダス』

『希望の国のエクソダス』は現代日本を舞台とした村上龍の小説です。書かれたのは1998~2000年ですが、閉塞感に満ちた日本で中学生がネットビジネスを展開し、遂には世界経済を覆すという物語は今読んでも色褪せません。むしろ、10年前には荒唐無稽と思われていたことが、今だからこそ理解できるかもしれません。

更新日: 2012年12月31日

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mrmobさん

2002年秋、80万人の中学生が学校を捨てた。
経済の大停滞が続くなか彼らはネットビジネスを開始、
情報戦略を駆使して日本の政界、経済界に衝撃を与える一大勢力に成長していく。
その後、全世界の注目する中で、彼らのエクソダス(脱出)が始まった。

壮大な規模で現代日本の絶望と希望を描く傑作長編。
(文春文庫の紹介より)

なぜ今読むべきか

この物語は1998から2000年にかけて雑誌「文藝春秋」で連載された物語です。
閉塞感に満ちた日本で中学生がネットビジネスを展開し、遂には世界経済を覆すという物語は
時代を先取りしたものであり、荒唐無稽でもあり、賛否両論の話題を呼びました。
しかし、書かれた当時から10年以上も過ぎ、時代も変わりました。

現代ではネットが以前にも増して重要になりました。
娯楽、情報収集、通販、SNS、ビジネスなど、ネットは欠かせません。
また、ネットは発想と技術力があれば、誰にでもチャンスをつくることができます。
現にFacebookはアメリカの大学生が作った勝ち抜き投票ゲームが元であることは有名な話ですが、
中学生にだいそれたことができるはずがないという考えは古くなりつつあります。

アメリカでは財政の崖、ヨーロッパでは欧州危機が叫ばれていますが、
バブル崩壊後の日本ほど経済は停滞していませんでした。
それにもかかわらず、日本政府は抜本的な対策を打ち出せていません。
景気・雇用対策を取ると言い続けていますが、それを心から信じている国民はいるのでしょうか?
(グラフは日本経済復活の会より抜粋)

書かれた当時よりも、今のほうが物語の主張に現実味がある

ネットの発展と停滞する日本経済――このような時代の変化により、
書かれた当時よりも、今のほうが物語の主張に現実味を感じさせます。

私たちは日本という国に対して「このままではだめだ」「どうしたら良くなるか」と感じつつも、
ゆっくりと死んでいくのを傍観するしかないのが現状ではないでしょうか。
そんな私たちだからこそ読むべき小説だと思っています。

以下に印象的な言葉を引用します。
心にくるものがあれば、図書館で本書を探してみてはいかがでしょうか。

「この国には何でもある。本当にいろいろなものがあります。だが、希望だけがない」

「子どもの場合ですが、とりあえず大人のやり方を真似るっていうか、参考にしていく以外に生き方を考えることはできないわけで、要するに、誰を真似すればいいのか、みたいなことがまったくわからなくなってしまっているわけです」

ゆっくりと死んでる、幼なじみはそう言ったが、それは多くの日本人に共通の気分だったかも知れない。日本人にとって重要な何かが音を立てて崩れていくような不安感が1990年代からずっと続いていたのだ。結局のところ、それは閉塞感だったとおれは思う。

「今の日本の社会にはリスクが特定されないという致命的な欠陥があります。(中略)要するに2、3パーセントていどの確率で起きる中小規模のアクシデントやクライシスに対するリスクの特定はできているんだけど、0.000001パーセントの確率で起こる超大規模のアクシデントやクライシスにたいしては最初からリスクの算出はやらなくてもいいということになっているんです」

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