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doyoubiさん

1802年 耳の病の苦しみの頂点で「ハイリゲンシュタットの遺書」に 苦しい思いをひとりつづったベートーベン。
しかし、同じ頃に完成させていたのは、明るく喜びに満ちた交響曲第2番でした。
この時期、ベートーベンが目指した「新しい道」とは?
交響曲第2番にこめられた、後の名作につながる「ベートーベンの遺伝子」とは?
指揮者・広上淳一が、苦難の中に喜びを歌ったベートーベンの思いに迫ります。

ベートーヴェンに負けず劣らず自意識が高そうな広上淳一氏がゲスト。

昨夜のらららクラシックでその第二楽章を広上淳一が「絶品」と推奨していたBeethoven: Symphony No.2。番組ではヤンソンス×バイエルン放響だったが、こちらはJarvi, DKB:。 youtu.be/VAnjfp7vUvA @youtubeさんから

初めにベートーベンのエピソードから始まりました。同年代に活躍したハイドンやモーツァルトは貴族のお抱えだったのに対してベートーベンはフリーの作曲家でした。
ベートーベンはナポレオンを尊敬していましたがナポレオンに捧げるつもりの曲を作りましたが奥さんが皇帝になり取り止めたり恩人が敵国の人にベートーベンの曲を聞かせてやって欲しいと頼んだ時に「侯爵はたくさんいるがベートーベンはただ1人だ!」と言い椅子を投げた事があったそうです。
ベートーベンはフリーの作曲家故に曲に値段がつき現代の価値にして第9は300万、最高傑作と言われるミサ曲が500

昨年来日したヤンソンス=バイエルン放送響の初映像(チクルス全曲はプレミアム・シアターで2回に分けて来週以降放送予定)。今回放送されたのは2012年11月27日サントリーホールでの収録されたもの。
やはりヤンソンスという人は卓越した指揮者であるということを実感した。
ラトルのようにオケを煽り立てる訳でもなく、ティーレマンのように有無を言わさず引っ張っていく訳でもないが、巧みに自分自身の世界にオケを惹き入れていく。冷静の中に秘めた情熱も感じられ音楽が弛緩、停滞することがまったくない。
演奏は全般的に速めのテンポで、軽快でしなやか。しかも音楽は極めて精

そのような死から私を引き止めたのはただ芸術である。私は自分が果たすべきだと 感じている総てのことを成し遂げないうちにこの世を去ってゆくことはできないのだ。

「苦難を明るい音にこめて」〜遺言の年にベートーベンが書いた喜びの交響曲〜 - NAVER まとめ matome.naver.jp/odai/213575130… この番組のお陰でハイリゲンシュタットの遺書全文を読むことが出来た。ベト2第二楽章(「絶品」広上淳一)の素晴らしい演奏/ヤンソンスも堪能。

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