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直木賞・芥川賞の発表場所“築地の料亭『新喜楽』”の謎に迫る

直木賞・芥川賞の発表が『新喜楽』という場所で毎回行われるので調べてみました。

更新日: 2014年07月17日

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Qちゃんさん

■新喜楽の基本情報

新喜楽(しんきらく)は、東京都中央区築地にある老舗の料亭。

■この料亭の特徴

1.金田中と並ぶ、日本二大料理屋のひとつ

また、吉兆を含め日本三大料亭と呼ばれる

2.芥川賞・直木賞の選考が行われる場所としても知られる

芥川賞は1階、直木賞は2階の座敷を利用している

3.政財界人や文化人の利用者も多いことで知られる

初代女将の伊藤きんと姓が同じであったこともあり、伊藤博文もよく利用していたという。元首相でノーベル平和賞を受賞した佐藤栄作が1975年に脳溢血で倒れたのもこの店であった。

■何故に財界人に愛されるのか?

「新喜楽で行う極秘裏の話は一切外に漏れないという信用から、多くの政財界人に利用された。」

出典『日本女性人名辞典』(平成10年/1998年10月・日本図書センター刊〔普及版〕)

「新橋が(赤坂などの)他の料亭地域と大きく異なっていたのは、口の堅さだった。赤坂の話はどんな極秘裏の話もいつか世間に流れてしまう。しかし、新橋ではどんなことがあっても、高い塀のなかの出来事は、一切外に漏れない、という信用だった。

出典『週刊読売』

「新喜楽」はその頂点にあった。それが、秘密の多い政界人を安心させた。(引用者中略)主人となったさくさんは、その初日から、すべての客を玄関で平伏して迎えた。謀議はさくさんの目の前で開始され、さくさんの案内する密室で深まった。」

出典(『週刊読売』昭和56年/1981年3月15日号「日本の政界文化界トップに密室を提供して60年 「新喜楽」女将木村さくさん(96)の通夜の客」より)

■経営方針にも独自の哲学あり

1.支店を出さない

2.宣伝をしない

3.毎日が開店日(初心忘るるべからず)」

「無言のおもてなし」

お客様から質問されない限りこちらから説明をせずに、座敷のしつらえとそこに華を添える新橋の芸者衆の雰囲気を損なうことなく、気配りに専念するということ

■本題~「どうして同旅館で直木賞・芥川賞が発表されるか?」

木村さく(きむら・さく)という出来る“おかみ”の存在が大きい!

■PROFILE|木村さく

ほかの並み居るライバル料亭をおさえて、文春幹部の心をつかんだ、デキる経営者。

・明治17年/1884年8月生まれ、昭和56年/1981年2月25日没(96歳)。
・明治29年/1896年頃(12歳)赤坂の料亭「兵庫屋」に下働きとして出る。
・大正6年/1917年(32歳)築地の料亭「新喜楽」を、先代女将の子供から譲り受け二代目女将に。
・昭和25年/1950年頃(65歳)「新喜楽」が直木賞・芥川賞選考会場のひとつとして使われるようになる。
・昭和36年/1961年(76歳)より直木賞・芥川賞選考会はすべて「新喜楽」で行われるようになる。

■客観的に判断すると下記の3つが大きな理由だと推定

1.効率的に運営を行いたいという事務局の都合

文集幹部の思惑があり

2.戦後の財界人に愛された女将の人柄

人が人を育て歴史が作られ伝説になりうるのです

3.極秘裏の話は一切外に漏れないという信用

選考過程が漏れたら大変ですからね

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