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ファンには吉報でも~人気バンドが解散・再結成する理由は悲しい事情ばかり?

米米CLUB、、X JAPAN、LUNA SEA、ユニコーン、プリンセンスプリンセスなど一時代を築いた人気バンドが続々と再結成を果たしています。ファンには嬉しい知らせもその背景はやっぱりカネ絡みが多いといいます。不仲や音楽性の違いで脱退したり解散したメンバーもやはりカネには勝てない?

更新日: 2017年07月02日

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egawomsieteさん

■バンドの再結成の理由はほとんどがお金‥

そもそも一度解散したバンドは大抵、解散時に大きな内輪モメを起こしています。それでも再結成するのは、メンバーの多くが経済的に困って妥協した場合か、解散後に仲直りした場合のどちらか

「ミもフタもない言い方ですが、バンドの再結成の理由はほとんどがお金。ソロで十分にやっていけているミュージシャンなら、わざわざ過去の栄光にすがったりしないでしょう。特にロックのイメージからすれば、かなり格好悪いことですからね。それに加えてメンバーの不仲が原因で解散することが多いですから、確執が解消しなければ再結成はない。BOØWYと同じく元メンバーからもファンからも再結成を望まれているチェッカーズも、藤井フミヤに再結成の意思が全くなく実現は厳しい。象徴的存在であるボーカルがウンと言わなければ再結成はあり得ないですから、ボーカルがソロで成功して金銭的に余裕がある場合は難しいでしょうね」(音楽関係者)

■CD不況でリバイバルブームに縋る?

CDが売れない昨今、音楽業界はリバイバルブームに頼ろうとしている。バンドの再結成も、その一つだ。CDが飛ぶように売れた1990年代、再結成を果たした人気バンドはほとんどなかったが、2000年代後半から、再結成するバンドが急増している。音楽関係者が解説する。

「CDが売れなくなり始めた2000年代初頭は、人気歌手のベストアルバムを発売や名曲のカバーなどで乗り切った。しかし、いずれもネタが尽きてきた。そうなると、かつて大人気を博したバンドを復活させることが最も収入源として計算できる。新人を発掘するより、遥かに手堅い。そこで、“再結成ブーム”ともいえる現象が巻き起こったのです。本人たちの意向はもちろんですが、周囲が再結成を勧めるケースも多いですからね」

■貧乏になったかつてのメンバーやスタッフを救済するためのプロジェクト?LUNA SEA

リーダーがいないLUNA SEAは、メンバー全員が作詞・作曲を行い、初期の作品を除き、クレジットタイトルは全て「作詞・作曲:LUNA SEA」。これは、音楽性を高め、印税などの権利を公平にするという。一見ハデだが、結構考えがしっかりしたバンドだった。それゆえ音楽への執着心が強く、「他のバンドよりもメンバー5人の方がよっぽどライバル」なんて言ってる、まさにAKB48の走りみたいな闘争心溢れるグループだという。

■東日本大震災への復興支援の為  プリンセスプリンセス

3月11日の東日本大震災があってすぐ、1人じゃ出来ない支援も、私達5人であれば大きな支援が出来るはずだから頑張ろう、という話になりました。そこから始まった活動‥

これはすばらしいですね

■背景にシニア層向けのコンサート市場の活況も

10年ほど前から、40~50代の年齢層を対象としたコンサートのチケットの売り上げが
飛躍的に伸びているのです。その先鞭をつけたのは、元祖ジャニーズタレントであったフォーリーブス。
各メンバーはすっかり"過去の人"となっていたにもかかわらず、再結成した02年以降の全国ツアーはいつも盛況で、シニア向けビジネスの成功例として業界で注目を集めました」(イベンター関係者)

アリスのように各人が活躍しているケースはともかく、バンドBのように「住所不定のメンバーもいた」(レコード会社関係者)というほど、一部メンバーの経済状態が悪化していたケースも少なくない。
CD不況で印税収入を見込めない現在、コンサート興行を通じた収入は歌手やミュージシャンにとって生活の支えとなっているという。

バンドBとは?気になりますね

■ユニコーンが再結成をするキッカケは余興から?

ユニコーン時代のスタッフの結婚式の時に余興でメンバーが集まって過去の曲を演奏をしたところから始まるそうです。それから氣志團などプロデュース活動もしているメンバーの阿部さんが、もう一度皆で音を出したらどんなものが作れるか試したくなったそうです。

■シャ乱Qの再始動のきっかけも東日本大震災

キッカケは東日本大震災。バンドのメンバーが被災地を慰問した際に、『結成25周年どうする?』という話になったそうです。さすがに未成年への暴行事件でバンドを98年に脱退した、しゅうはメンバーに入っていないようですが……。プリプリなどと違って、“懐かしい”というほど古いバンドではないし、つんく♂にしてもシャ乱Qのメンバーとしてよりも、今ではモー娘。のプロデューサーとしての知名度のほうが圧倒的に高いですからね。再始動の成否のほどは何とも言えませんね」(レコード会社関係者)

「かつては女性アイドルグループのトップランナーだったモーニング娘。もその座をAKB48に取って代わられ、つんく♂の懐具合も苦しいところでしょうが、そのモー娘。も再浮上の兆しを見せています。23日発売の新曲『Help me!』はMVが公開されるや否や、そのダンスパフォーマンスが話題を呼び、公開1カ月も経たないうちに再生回数が200万回を越えるほど。また、歌詞やメロディーといった面でもアクの強い“つんく節”が久しぶりに復活しているということもあり、大ヒットが期待されています。そうしたつんく♂のクリエイティブ面での充実ぶりも、今回の再始動を後押ししたのかもしれません」(同)

■藤井フミヤがライブで高杢に言及 チェッカーズ再結成あるか

「チェッカーズはですね、1983年にデビューしております。アイドルにならなければよかったのに、気がついたらスーパーアイドルグループになってしまった」

 12月19日、全国ツアー『藤井フミヤ 30TH ANNIVERSARY TOUR vol.1 青春』の大阪公演で、デビュー30周年を振り返り、藤井フミヤ(51才)はチェッカーズ時代について、そう語った──。

福岡県久留米市の仲間たちで結成されたチェッカーズだが、メンバーがオリジナル曲の制作を始めるようになった1986年ごろから、実はその絆には亀裂が入り始めていた。それは高杢禎彦(51才)が2003年に出版した著書『チェッカーズ』(新潮社刊)によって暴露された。

「作曲は(フミヤの弟)尚之(48才)やユウジ(大土井裕二・51才)らが担当し、作詞はフミヤが手がけました。これによって、彼らは莫大な印税を手にするようになり、当然のようにメンバー間に所得格差が広がったんです」(音楽関係者)

 こうして始まったフミヤと高杢の確執。そして1992年に突然の解散。これもフミヤの意思だったという。

「解散すれば生活が苦しくなるメンバーが出てくるのは目に見えていたため、高杢は解散に反対したんですが、フミヤがその意思を変えることはありませんでした」(前出・音楽関係者)

 こうして大親友だったフミヤと高杢は完全に決別することとなった。そんなフミヤだが、9月21日のツアー初日でのMCではファンが騒然となる出来事が…。

「おれたちが東京に出てきたとき、“高杢”とかあんな風貌だったから、年齢サバ読んでんじゃないかって言われたし(笑い)」

 いきなり飛び出した“高杢”という名前に、雪解けの兆しを感じざるを得ない。さらにフミヤはチェッカーズ再結成について、今回のツアー中にこんな思いを明かしている。

「(バンドが)最近は解散しないね。休止という形を取る。バンドは、時が経てばいずれまた戻るんですが、チェッカーズはクロベエ(故徳永善也さん・享年40)が死んじゃったからね…」

「再結成」については否定的にも聞こえるが、こんな発言も。

「蔵にしまっていたチェッカーズの曲を引っ張り出しました。せっかく蔵から引っ張り出したので、今度は押し入れにでもしまっておこうと思います」

 いつでも歌えるように、蔵ではなく押し入れに──これまで頑なだった心が少しずつほぐれてきているのかもしれない。

 そして、フミヤがそんな思いに変わってきたのには、もうひとつ理由があるという。それは地元・久留米で暮らす母親の存在だ。フミヤの父親は、1995年5月に肝臓がんで亡くなっている。以来、母はずっとひとりで暮らしてきた。

「実はフミヤさんのお母さんは1年ほど前に体調を崩して入院したんです。退院してからは足腰が弱って歩行が少し困難になってしまったみたいで、介護施設のお世話にもなっているようです。もう80才も超えていますからね…。フミヤさんも尚之さんも結構頻繁に様子を見に帰ってきているようなんです」(藤井家知人)

 フミヤの胸中には、そんな母親が心配し続けてきたことを少しでも楽にしてあげたいという思いもあるようだ。

「お母さんは幼なじみの高杢さんとの確執が出たときなんかはホントに寂しがっていましたから…。だからフミヤさんも、自分がいちばん輝いていたチェッカーズ時代の曲を歌ったり、高杢さんの話をして、もう大丈夫だよって、お母さんを元気づけているんでしょうね」(前出・藤井家知人)

■藤井フミヤの異例ライブに憶測も

藤井フミヤが、デビュー30周年を記念する全国ツアー『藤井フミヤ 30TH ANNIVERSARY TOUR vol.1青春』のスペシャル公演として、大みそかから元旦にかけて東京・日本武道館で『藤井フミヤ カウントダウンライブ』を開催した。藤井フミヤが武道館でライブを行うのは、実に5年ぶり。ライブには、実弟であり、同じくデビュー30周年を迎える藤井尚之も参加。13,000人の観客を前に、懐かしの名曲たちを披露した。

バンドメンバーは有賀啓雄(Bass)、屋敷豪太(Drums)、友森昭一&石成正人(Guitar)、松本圭司(Key)、そして弟の藤井尚之(SAX)。センターに立った尚之のSAX音から、インストナンバー「FAINAL LAP」でイベントは幕を開けた。暗転したステージにまばゆい光が放たれると、ステージ中央に突如黒のラメストライプのスーツに身を包んだ藤井フミヤが登場。「I Love you, SAYONARA」をはじめ、「Jim & Janeの伝説」、「Cherie」といった90年代後半のヒット曲を熱唱した。

「今年デビュー30周年ということで懐かしい歌をいっぱい歌ってます。30年もステージの上で歌わせてもらってます。本当に感謝しております。ありがとう!」と、30年間支えてくれたファンへ感謝の気持ちを伝えると、「WANDERER」、「Room」、「ONE NIGHT GIGOLO」といった軽快なナンバーを披露。会場をすっかり温めた後は、「素直にI'm Sorry」、「Blue Moon Stone」、「ミセスマーメイド」、「NANA」といったラブソングで聴かせる。

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