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インターネットは核攻撃を想定して開発されたという誤った俗説

インターネット(前身のARPANET)は核戦争・核攻撃を想定し開発された軍事ネットワークが起源という間違った俗説について解説まとめ

更新日: 2013年02月15日

waijiroさん

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インターネットは核攻撃を想定して開発されたという誤解

そいえば、「インターネット」は、もともとは軍事技術だよね。

インターネットだって最初は軍事用で開発されたのよ

インターネットは国防総省の分散型コンピュータネツトワークARPAネットから育ったものであり、もともと核攻撃による中央情報施設壊滅を避けるために構想されたものである。

間違った噂の元となったランド研究所のポール・バランの論文

ポール・バラン(Paul Baran)――パケット交換ネットワーク提唱者

パケット交換ネットワークに関するポール・バランの「分散通信について」という11本のレポートは次のように始まる。

 「敵の(核)攻撃のあとでも数百の通信基地が互いに交信できるような通信ネットワークの合成を考えよう」

 冷戦のさなか、米空軍は旧ソビエト連邦との熱核戦争を想定していた。ソビエト連邦の核ミサイルによって米国本土に点在する基地が攻撃されても、米国はソビエト連邦を葬り去るまで核戦争を継続しなければならない。その場合大切なことは、命令・通信系統の確保である。核攻撃によってネットワークが寸断されても、命令・通信系統を確保するにはどうしたらよいか。米空軍はシンクタンクのランド社に、こうした軍事研究を委託した。

1965年ランドは米空軍に対してパケット通信ネットワークの構築を提案した。
〜中略〜
1966年ランドの提案を新設のDCA(国防通信局)へと回した。

 ところが国防通信局は組織されたばかりで人材不足であり、AT&Tを中心とする勢力の猛烈な反対に弱かった。通信はアナログでやるもので、デジタルでやるものではないという当時の通信の定説に対抗できるような逸材がいなかった。

 そこで1966年ランドのポール・バランの提案はDCAのレベルでつぶされてしまった。

TIME誌の記事やこの俗説に対する反論など

1967年からARPANET発祥の地BBNに勤めておられたDavid Walden氏とちょっとした文通をする機会があった。

核攻撃とARPANET/インターネットの誕生とはどの程度関係があったと思うかと聞いたところ,Noneというお答え。詳しい説明もしていただいたが,まさにインターネットの起源などで読んだことを裏付ける話であった。

核戦争を避けるためのネットワークがインターネットの母胎になったという説が、いかに「おいしい」話であろうとも、当時のARPAネットの計画責任者として、それは断じてなかったと証言します。
――ロバート・テイラー

インターネットは核戦争に耐えるべく軍によって構築されたという噂が(1964年のポール・バランの論文によって)広まり始めた。これは全くの間違いである。たとえランド社がこうした前提にたって仕事をしたとしても、ARPAネットもインターネットも、リックライダー、クレイン・ロックロバーツのMIT派の仕事から生まれてきたのであり、ポール・バランの仕事とは何の関係もない。
ラリー・ロバーツ著、『インターネット年代記』/1997年3月

近頃よく言われているように、ARPANETは核攻撃に耐える指揮統制システムを作るために始まったのではない。そのようなシステムの構築は明らかに軍にとって大きな要望ではあったが、それはARPAの任務ではなかった。実際、我々がそれを試みていれば、厳しく批判されただろう。むしろARPANETは、わが国にある大規模で強力な研究用コンピュータの数が限られていて、それらを使いたいと思っている研究者の多くは地理的に離れたところにいるという我々の欲求不満が出発点である。

インターネットの元となったARPAネットはどのように生まれたか

リックライダーの考え方によって、資金はタイムシェアリング・システムに重点投入されていたので、多くのタイムシェアリング・システムがあちこちにあったのです。
それぞれのタイムシェアリングの周りには、これを取り巻く一種のコミュニティができていたのです。例えば、MITのMAC計画、UCバークレー校のGENIE計画などがそうです。大勢の人が巨大なコンピュータを使うのですから、そういう共同体ができるのは当然なことといえます。
「そういったコミュニティ同士を何とか接続できないものか」
――テイラーはこのように考えたのです。しかし、これを実現するのは大変な難問があったのです。その難問とは、それぞれのコミュニティが使っている端末の規格や通信に使うプロトコルなどがすべて異なっていたことです。これを解決することは意義がある--こう考えたテイラーは、当時のARPAの局長であるチャールズ・ハーツフェルドのところに交渉に行ったのです。

ARPA局長チャールズ・ヘルツフェルトとロバート・テイラー
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T:ARPAが支援している機関は、それぞれ規格の異なる独自のコンピュータを持っているのですが、それが仇となって、コンピュータの資産が共有できないでおります。
H.つまり、物理的に孤立しているということかね。
T:その通りです。ARPAが支援のさいに、コンピュータの機種を限定し、ハードウェアやOSを統一すれば共有は可能ですが、ARPAは政府機関でありますから、そんなことはできません。
H:その通りだ。ところで、いいアイデアでもあるのか?
T:ございます。本日はその提案に伺ったのです。
H:どのような提案かね。
T:規格の異なるハードウェアやOSを前提として、それぞれのコンピュータを結ぶネットワークを構築するのです。そうすれば資産は共有化できます。
H:そんなことが本当に可能なのか?
T:可能です。コンピュータがネットワークで結ばれれば、機種の相違から派生する問題は解決できます。
H:ネットワーク化するというが、技術的には大丈夫なのか。
T:大丈夫です。やり方は既にわかっておりますし、最初は実験的に4つくらいのノード(コンピュータ)からはじめたいと考えています。
H:凄いアイデアだな。よし、わかった、やろう。たった今から君は100万ドル以上の資金が使える。がんばれ。
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出展 Electronic Journal: ラリー・ロバーツ招聘の顛末(EJ1683号)

われわれは国防総省のエージェンシーだったが、私が援助する研究には特定の軍事的なつながりがあるべきであるとは考えていなかった。(中略)われわれは軍事的な関連性があるというだけの理由で何かに資金援助しなければならないとは思っていなかった。        ――ロバート・テイラー

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