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【能年玲奈】干された芸能人が復帰できない理由【ヒロミ】

鈴木亜美/ももち/青春の光/長井秀和/高樹沙耶/博多大吉/おかもとまり/北野誠/田原俊彦/爆笑問題/水野美紀/山本圭壱/柴田英嗣/陣内智則/波田陽区/小林幸子/にしおかすみこ/岡本夏生/さとう珠緒/森脇健児/加勢大周/芹那/吉野紗香/福田沙紀/水嶋ヒロ/絢香/酒井若菜/荒牧陽子/エドはるみ/楽しんご

更新日: 2016年12月07日

wappameshiさん

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ヒロミが、長きにわたって芸能界を“干されて”いたことは有名な話だ。最盛期にはレギュラー番組10本、最高月収6,000万円だったというが、2004年5月にフジテレビ系『発掘!あるある大事典』の司会を降板後、一気に仕事を失った。
降板の原因となったのは、同番組で8年近くコンビを組んでいた大御所・堺正章を怒らせたため、といわれている。

収録後のスタッフとの飲み会で、ヒロミさんが『堺さん、最近ちょっと面白くないんですよね』とこぼしたのが、堺さんの耳に入り、逆鱗に触れてしまった。

ヒロミは2007年に出演した番組で、堺との関係について言及している。収録時間外に堺に対して「マチャアキさぁ~」と話しかけたところ、鬼の形相で睨まれたエピソードを明かし、「タモさんにはそれでよかったけど、堺さんにはダメだった」とも…。
しかし、「行列のできる法律相談所」では、あらためて堺正章との不仲説を否定。堺のことを“先生”と呼んでおり、今でも食事を共にする仲であることを明かした。

ヒロミはADなど下っ端のスタッフを自分の使いっ走りのように扱い続けてきた。『自分の番組では絶対にヒロミを使わない!』と心に誓っていたADたちが、ディレクタークラスに出世しだした時期から、次第にヒロミも起用されることがなくなっていったんです。

「ヒロミに恨みを持ち続けるスタッフがさらに昇進して、現場を離れつつある今だからこそ、かつての共演NGタレントとぶつけるという企画が若手スタッフから出るようになったんです」(テレビ局関係者)

ヒロミはある芸能界の重鎮を怒らせ、その筋の人たちから追い込みを食らっていた。一説には、女性絡みのモメ事とか。決定的な証拠も向こうサイドに握られていて『番組を降りなければ、すべてをマスコミにリークする』と脅されていたといわれている。

「逆をいえば、ヒロミが復活できたのは、怒らせた重鎮との間でなんらかの手打ちがあったと見て然るべき」
これの元の記事はサイゾーの記事。現在は検索できない。

1998年2月、『ASAYAN』(テレビ東京)の『ボーカリストオーディション・ファイナル』の最終電話投票審査で80万票以上を集め1位となり、小室哲哉のプロデュースでの歌手デビューが決定。

2000年末、契約終了の確認を求める訴訟を事務所に対して起こしましたが、その独立に向けた行動は芸能界では許されませんでした。

「芸能界」とは、タレントの引き抜きや独立を認めていない「日本音楽事業者協会」(音事協)を中心とした力学が働く社会のことです。
主演が決まっていたドラマから降板させられるといった異常事態が続き、それまで亜美さんを応援していたマスコミもバッシングに走りました。
2005年に独立の道を捨て、エイベックスに移籍して、ようやく本格的な音楽活動ができるようになりました。

「カントリー・ガールズ」の嗣永桃子(24)が、来年6月いっぱいでグループを卒業し、芸能界を引退する。都内で結成2周年ライブを行い、自ら発表した。育ての親のつんく♂に伝えると「どうしたの、会社ともめたの?」と冗談を飛ばされた。
アイドル活動と並行して、4年制大学の教育学部に進学し、14年3月に小学校教諭一種免許、幼稚園教諭一種の免許を取得した努力家。卒業後は夢だった教育の分野に進む。

橘川さんは、ももちについて「最近は僕からは積極的には売り込んでいない」と言い切る。

ハロプロスタッフの橘川さんが、「テレビに出るにはいろいろな話ができないとダメだ」と考えて、ももちに命じたのがネタ帳の作成だ。
しかし、2014年になって、ももちはネタ帳の作成をさぼり、橘川さんに見せなくなった。
橘川さんは「本気じゃないタレントを売り込むのは番組に失礼だ!」と言い、2人はほとんど会話していない。

08年結成のさらば青春の光は、東口と森田哲矢のコンビ。同志社大文学部卒の東口は、イケメン芸人としても人気だ。最近では「キングオブコント」決勝戦に2年連続で残るなど実力もありながら、今もフリーで活動を続けている。
2013年3月までは松竹芸能に所属していた。2013年10月に個人事務所である株式会社ザ・森東を設立。社長は森田哲矢、副社長は東口宜隆。

東口宜隆は、お笑いトリオ鬼ケ島の和田貴志の妻で元タレントの女性と交際。不倫交際は3月から5月くらいまで続いたという。先輩芸人を巻き込んだいびつな関係は多くの芸人仲間にも知られ、鬼ケ島の所属事務所「人力舎」のタレントとは一部イベントを除き実質的な「共演NG」状態だという。

『二度とテレビには出さない』と激怒する松竹に配慮した各メディアが完全に干した。

不倫交際トラブルが原因で所属先が決まらない事態に陥っていると言われている。

2013年に放送されたNHK朝の連続テレビ小説『あまちゃん』に主演。“じぇじぇじぇ”キャラで人気を得たが、最近はドラマ出演が少なくメディア露出が激減している。

能年が今年1月、自身を代表取締役とする会社を設立していた。『三毛&カリントウ』という不思議な社名。登記簿を見ると役員欄には能年以外に取締役として「魅力開発トレーナー」の肩書きを持つ滝沢充子氏の名前が記載されていた。

なんと所属事務所に無断で自身が代表を務める個人事務所を設立していた。
滝沢充子氏は「魅力開発トレーナー」の肩書で活動し、デビュー間もないころから能年を指導。過去に「あなたは女優をやらないと生ゴミね」と叱責されたことから、能年は「生ゴミ先生」と呼んでいる。

滝沢氏を信頼する能年さんは、所属事務所よりも彼女の言うことに従っている。映画やドラマのオファーがあっても、まずは滝沢氏に相談。そこで難色を示されれば、仕事は受けないこともある。

「玲奈の態度が悪いから、オファーが来てない。仕事は入れられないよね。事務所を辞めたとしても、やっていけないと思うけどね」

出典週刊文春(5月14日号)

週刊文春の記者が、能年さんが所属する「レプロエンタテインメント」の本間社長に取材した。
『あまちゃん』がクランクアップした能年さんと事務所で、何度か話し合いが持たれたそうですが、事務所側はこう言ってきたとか。

「今後は単発の仕事しか入れられない。長期(連続ドラマなど)は入れられない」
「『あまちゃん』の視聴率は高かったから評価していますよ。でもお前は態度が悪いし、マネージャーと衝突するからダメだ。事務所に対する態度を改めろ」

「間違いないっ!」の決め台詞が有名なお笑い芸人。「選挙前には必ず勧誘電話」「対立候補はお祈りで落選」などの際どい学会ネタで有名。所属事務所はタイタン。

2007年5月下旬、フィリピン滞在中に17歳の少女にわいせつな行為をしたとして現地の警察を名乗る男数人に身柄を拘束された。

長井秀和さんがフィリピンで、声を掛けられた日本人男性と行動を共にし、コンビニでこの男性がフィリピン人の少女2人に声を掛けたことから「事件」が始まった。居酒屋に行くことになり、そこで意気投合した4人は男性の誘いでホテルへ。しかし、長井さんは10分ぐらいして、「よくない」と思い一人で帰ったという。

長井さんは、日本人男性と少女のことでフィリピン人の男数人に連れて行かれた。警察署らしき場所のように思えたといい、そこで別の日本人男性から「拘束すれば長くなるが、お金があれば出してやる」と言われた。ただ、指定された振込み先は、なぜか静岡県の掛川・島田両信用金庫だった。

2008年に9年間連れ添った妻と離婚している。
週刊新潮は「学会は清潔感を重んずる団体なので、長井の淫行疑惑は許し難い。組織として冷たくしたんじゃないか。淫行疑惑以来、本人もテレビに出る気はないようです。加えて、池田名誉会長の庇護もなくなった」と報じている。

爆笑問題の太田さんも「事務所はお前をどう売り出したらいいんだよ!お前テレビ出る気ねえだろ!」と完全にさじを投げている状態。

2011年7月に英検準一級を取得し、週3回外資系企業や保険会社などで英会話の講師をやっている。さらにクレーンの会社で警備員のバイトをやっている。
さらに浅草でラーメン屋を経営している。http://www.fukuju-men.com/

高樹は08年に本名の「益戸育江」に改名。女優であるとともに「ナチュラリスト」を名乗り、都会から離れてエコロジーなスローライフを送っていた。
最近はテレビで姿を見ることもほとんどなくなっていた高樹だが、そこには誰もが知る人気ドラマとの“因縁”が深く関係していた。

2012年7月「大麻草検証委員会」の幹事として活動に参加すると表明、それが大バッシングを呼ぶこととなる。某週刊誌には「大麻研究家との“新婚生活”!」「大麻吸引も」などと報道される。

各テレビ局でも「高樹が逮捕されたら、出演した分が放送できなくなる」とささやかれ、親しくしていたスタッフからも敬遠。「大麻女優」と陰口を叩かれるように。人との交わりを断って芸能界を引退。その年の10月には、逃げるように石垣島へ移住したという。

高樹は12年に出演中の『相棒』を突如降板しました。理由は、前年に石垣島への移住で撮影への参加が困難になったから。身勝手な降板で不興を買って以後、女優としての活動はほとんど見られなくなります。

それまで千葉県・南房総市に居を構えていた高樹は、11年の東日本大震災後、放射能の影響を極端に気にするようになり、それが石垣島への移住に繋がったようだ。
大麻の研究家と不倫関係にあり、その人と石垣島に移住したという噂もある。

博多華丸・大吉が「笑いの金字塔 よしもと黄金列伝!」に出演。17年前の大吉の突然の1年間の休業について、真相を明かした。

華大は1990年にデビュー。福岡吉本の発足とともに“1期生”として、翌年には地元のテレビ局でMC番組を持つなど、福岡では当時貴重だったお笑いの需要は大きく、あっという間に地元の人気者となった。

1997年、大吉が事務所に連絡せず、当時レギュラーを務めていた福岡の番組の生放送中に「アメリカに留学します」と電撃発表。何も聞かされていなかった所長が「聞いてないぞ」と激怒する展開となり、「1年間音信不通(休業)です…」と

出典「笑いの金字塔 よしもと黄金列伝!」

初代福岡吉本の所長から、2代目所長に時代が変わると、華大の処遇は下降線。2代目所長は、「漫才はやめろ」と初代所長から方針転換。若手を集めて「華丸・大吉と遊ぶな。兄さんと呼ぶな」と号令を出し、若手タレントをかわいがるようになったという。

最終的にはテレビ局と吉本側が和解。新番組を作ることになり、人数合わせのため、大吉もテレビに復帰することとなった

出典笑いの金字塔 よしもと黄金列伝!」

大吉によると、当時は「(休業が)1年間になると思わなかった。復帰はどんどん伸びて…」。休業中は、妻の稼ぎでなんとか食べていたという。
世間が留学と思っている休業中、人目についてはいけない、と「ワンルームの部屋に隠れるように暮らしていた」という大吉。それでも次第に我慢できなくなり、「最後の方は『見つかってもいいや』と深夜のレンタルビデオ店でバイトしていました」と打ち明けた。

おかもとは広末涼子のモノマネで一躍脚光を浴びるも、次第に露出の激しいグラビアや温泉レポートの仕事ばかりが急増。しかしそんな中、ピースやハライチ、平成ノブシコブシ等、のちの人気芸人と共にバラエティ番組「ピカルの定理」のレギュラーを掴み取る。

番組が始まってまもなく、「充電中という名目でレギュラーを外れました」(おかもと)と告白。一緒に充電中となった芸人がレギュラーに復帰するなか、おかもとは二度と番組に呼ばれることはない。

「その後、ものまね芸に移行したが福田彩乃が登場し、ものまねメイクもざわちんに持って行かれた。仕事がなくなり、気がつけば温泉リポートからグラビアの仕事ばかりで、ついには全裸でお尻丸出しのグラビアを撮らされた」と語った。

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