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村上春樹氏本人が語った小説技法

世界中の読者をとりこにする、ハルキ・ワールドの文体や物語はどうやって生まれるのか? 複数のインタビューから村上春樹氏本人が語った小説技法、創作スタイルをまとめます。

更新日: 2013年09月13日

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coffeefriskさん

はじめに

これらの技法は、あくまで「村上春樹氏にとってのやり方」 です!
自分のやり方が違っても、落ちこんだり、嫉妬する必要はありませんよ~!!! (^0^)/

リズム(文章と音楽の類似性)

小説の三要素、つまり「会話」「描写」「叙述、説明」についての発言を集める前に、
「リズム」こそ、村上春樹氏本人が「自分の文章でいちばん大事だと思っていること」らしいです。

文章を書くのは、音楽を演奏するのに似ています。最初にテーマを書き、それをインプロヴァイズします。そして結末に向かう……というような。

出典『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです』(p.253)

良き音楽が必要とするのは、良きリズムと、良きハーモニーと、良きメロディ・ラインです。文章だって同じことです。

出典『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです』(p.375)

僕の文章にもし優れた点があるとすれば、それはリズムの良さと、ユーモアの感覚じゃないかな。

出典『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです』(p.375)

もしその文章にリズムがあれば、人はそれを読み続けるでしょう。でももしリズムがなければ、そうはいかないでしょう。ニ、三ページ読んだところで飽きてしまいますよ。リズムというのはすごく大切なのです。

出典『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです』(p.559)

僕に必要だったのは、リズムとハーモニーと即興性でした。即興性ということから僕は多くを学んだと思います。ちょうどメロディーを即興で演奏するように、僕は物語を書きます。僕はジャズが大好きですが、ジャズというのは即興の音楽です。僕にとっては、書くことも即興の一種です。

出典『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです』(p.559-560)

会話

「会話」を書くのがいちばん楽しいそうです。(ただし実生活でおしゃべり上手というわけではない)

僕はもともと会話を書くのが好きで、苦労したおぼえがまったくないんです。地の文は相当書き直すけれど、会話は一度書くとあまり変えない。

出典「村上春樹ロングインタビュー」『考える人』2010年夏号

会話でいちばん大事なことは、じつは言い残すことなんです。いちばん言いたいことは言葉にしてはいけない。そこでとまってしまうから。会話というのはステートメントではないんです。優れたパーカッショニストはいちばん大事な男を叩かない。それと同じことです。

出典「村上春樹ロングインタビュー」『考える人』2010年夏号

たとえば「おれの言うことが聞こえたのか」「聞こえたよ」というのではとまってしまう。「おれの言うことが聞こえたのか」ときたら「つんぼじゃねえや」と返すのが会話です。これは、僕の記憶によれば、ゴーリキーの『どん底』に出てくる会話ですが。とにかく無駄にとまってはいけない。それが基本です。

出典「村上春樹ロングインタビュー」『考える人』2010年夏号

キャラクターについての描写はできるだけ控えて、彼が何を話すか、彼女が何を話すかによって、そのキャラクターを浮かび上がらせていきたいという気持ちが僕には強いですね。

出典「村上春樹ロングインタビュー」『考える人』2010年夏号

たとえばタマルという人がそうです。彼についての説明や描写はそんなにはない。それよりも、彼が何を語るか、どのように語るかで彼の存在感が作られていきます。そのためには、言葉をよほど吟味する必要があります。

出典「村上春樹ロングインタビュー」『考える人』2010年夏号

描写

描写は物語の流れを整える上での「重し」。 しかし、必要とあれば、凝りに凝って徹底的にやる! とのこと。

「風景描写のために、現場に行って写真撮影などの取材をする。それから写真に基づいて絵を描く」
僕はこういうやり方はしません。現実的なものをすべて取り去ったあとに、脳に浮かび上がった記憶だけに頼って、あらためて情景を描写しています。このようにして産みだした情景は、現実に存在しているもの以上に現実性を獲得することができます。もちろん何度も何度も丁寧に綿密に書き直す必要はありますが。

出典『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです』

描写すると足がとまる。文章というのは、もちろん意識的に足をとめなくちゃいけないときもあるけれど、そうじゃないときは休みなく前に進ませなくてはならない。心臓の鼓動と同じで休んじゃいけない。説明すると足がとまって、そうすると物語がとまってしまいます。

出典「村上春樹ロングインタビュー」『考える人』2010年夏号

ただし時には、意図して文章をとめて、徹底的に描写をおこなうこともあります。これはひとつの重しなんです。会話とかニュートラルな文章だけですいすい物語が流れていくと、流れが速くなりすぎてしまう。滑ってしまう。だからある部分は歩をとめて、とことん具体的に描写する。でも、そこで描写されるものは重要なことであってはならない。本質的なことを描写してはいけない。そこで流れ的に必要だと感じたら、徹底的に描写する。それなりに手間暇かけて、文章には凝ります。読み飛ばしてもいいけど、じっくり読んでみるとそれなりに面白い。そういう風になるのが理想的です。

出典「村上春樹ロングインタビュー」『考える人』2010年夏号

(フィッツジェラルドも)どうでもいいようなところを細々描写する。すごく美しい優れた描写だけど、物語的にはあまり意味はない。だけどそういう部分がしっかり重しになっている。

出典「村上春樹ロングインタビュー」『考える人』2010年夏号

文体

文体は物語を支え、物語を運んでいってくれるもの。自分の文体は好き、とも述べています(当然でしょうが)。

なお、『スプートニクの恋人』でそれまでの文体の「総ざらい」をやったそうです。
最近の文体は、より融通無碍なもの、色や味のない水のようなものに変わってきているとか。

『スプートニクの恋人』は、とにかく全部ねじを締め、余計なものはすべてはずして、自分が納得いくものだけを文体に詰めこんでみようと思ったんです。だから、最初の何十頁かは、もう文体締めにつぐ文体締め。

出典『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです』

『スプートニクの恋人』は「文章コンシャス」、最初の一文をもとに書き進めたということについて。

一つの文章を書くと、次の文章って来るんです。で、それをキュッキュッと締めると、また次が出てきて、それをまたキュッキュッと締めて、次が来る。そうやって、話は進んでいく。一種の文体のショーケースみたいなものですね。

出典『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです』

文章がうまいとか、すばらしいとか、そんなことは別にどうでもいい。それ以上の何かを表現するために文体があります。文体は文意やメッセージを有効に支えるためのものなんです。それが面から透けて見えてはいけないんじゃないかと。

出典「村上春樹ロングインタビュー」『考える人』2010年夏号

文体というのはもっと融通無碍に動いていかなくちゃいけない

出典「村上春樹ロングインタビュー」『考える人』2010年夏号

『1Q84』の3は、「とことん文体を意識し」た作品らしいです。「1,2はそんなに意識しなかった。物語をじゃましないように、物事を前に進める自然な文体を意識した」。しかし、3は物語が静的で、派手なアクション要素が少ないこともあり、文体として、一段階上を目指した、文章のネジを締め、何度も何度も書き直した、と述べています。牛河が青豆や天悟の小学校時代の教師を尋ねるシーンなどが例に上がっていました。

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このまとめへのコメント1

  • knzsskさん|2013.07.30

    村上春樹氏が、言葉について語りながら、たとえゴーリキーからの引用でも「つんぼ」という典型的な差別用語を発しており、校正者、編集者ともにこれを看過して出版している点、印象に残った。

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