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「お母さんになりたかった」愛が溢れすぎてる黒柳徹子の人生観

テレビで見ない日は無いといっても過言ではない、超有名人「黒柳徹子」さん。その半ばトリッキーとも言える早口なおしゃべりと切り返しが最近若者にも話題になっています。が、黒柳さんの生き方は尊敬に値するほど!!本当にすごい方だったのです。それを知って感動してしまったのでまとめます!!

更新日: 2015年05月24日

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この記事は私がまとめました

Gracias.さん

いつも元気な黒柳徹子さん。

日本のテレビが始まった時から第一線で活躍し続けている方。

早口のおしゃべりと見事な切り返しで、最近は若い人たちの間でもオモシロイ人、として人気です。

でも、実はそんな徹子さんの生き方は尊敬に値するほど強い気持ちで出来ていたのです。

【徹子の1週間】

黒柳徹子さんが、一体どんな生活をしているのか、気になりますよね。

1週間のスケジュールを見てみましょう。

月曜・火曜日は徹子の部屋の収録

毎週月曜と火曜日は「徹子の部屋」を3本ずつ収録しているそうです。
しかも、36年間ずーっとです!!

木曜日は、世界ふしぎ発見の収録

木曜日は隔週で世界ふしぎ発見を2本ずつ収録しています。

金曜日は、1日かけて徹子の部屋の打ち合わせ

ゲスト1人に何時間かかけ、じっくりトーク内容について検討するそうです。

その他の曜日は、オペラ・展覧会・演奏会・バレエなどを見に行くようにしています

また、表参道等をぶらぶらしたり、世の中が今どうなっているのか知る為に色々なものを見に行くそうです。

徹子の部屋を50年続けられるように、毎日スクワットを50回!!

徹子の部屋は、今は36年目だけど50年までやろうとしているので、体力が続く様にスクワットを毎日行っているそうです。
膝をまげたまま、負荷をかけ続け、内股のまま50回やっているそうです。

【時間は作ろうとすれば作れる】

これらの他にも、ユニセフの活動や様々なメディアの仕事があるそうですが、徹子さん曰く「どれだけ忙しくても、時間は作ろうとすれば作れるのです。
仕事の前とか後とか、少しでもいいから。
そこで自分のやりたいことをやるのです。」

【小さい頃】

1981年に出版された、徹子さんの自伝エッセイ「窓ぎわのトットちゃん」を読めばかいてありますが、小さい頃から「変わった子」だったそうです。

それゆえ、色々うまくいかなかった事も多かったそうです。

小学校を1年生の時に「落ち着きが無い」が理由で退学させられる

窓ぎわでチンドン屋さんに話しかけたり、机のふたを何度も開け閉めしてみたり...。
しびれをきらした学校側に退学を言い渡されてしまいます。

「母親は私を自由に育ててくれた事のみならず、自分の人格を認めてくれていた」

人からは手に負えない、と思われていた徹子さんですが「母親が自由に育ててくれた事のみならず、自分の人格を認めてくれていたので、のびのびと生きて来られた、と語っています。
小学校を退学になったという事実も、徹子さんが20歳の時に初めて聞いたそうで、もし小学1年生の時にそれを聞いていたら、電車を見ても楽しいと思わない子になっていただろうし、他に退学になった人いないかな?と探してしまう子になっていたことでしょう、と語っています。

登校初日、校長先生と気がついたら4時間も話していた。

母親が、徹子さんに合う学校を探してくれ「トモエ学園」に通う事になったそうです。
登校初日「何か話したい事はある?」と言われ、そこから4時間ずっと話したい事を話続けた徹子さん。
そして、着ていた洋服の襟の話をしたあとで「もうこれ以上話す事はない!!」と初めて思ったそうです。

「君は本当はいい子なんだよ」

話をたっぷり聞いてくれた校長がこの言葉を言ってくれたおかげで、萎縮せずに学校に通えた、と語っています。
そして、こんなに話を聞いてくれる大人はいい人に違いない!!と思い、信頼感が生まれたそうです。
また、窓ぎわのトットちゃんはこの校長先生に向けて書いた本でもあるそうです。

「みんな一緒だよ、一緒にやるんだよ」

トモエ学園では、その後の人生で常に徹子さんの根底にある「みんな一緒」という事を植え付けられた、と言います。
障害者も多く通っていた学園では、手伝うという事ではなく、みんな一緒にやるんだよ、という事が普通だったそうです。

【NHKでテレビ放送開始に携わる】

大人になり、オペラ歌手になりたくて音楽学校に通った徹子さん。

それがどうしてNHKに入社する事になるのでしょうか?

お母さんになりたかった

「いつか自分も子供に尊敬されるお母さんになりたい」と思っていた徹子さん。
ある日銀座で見た人形劇に感銘を受け「私も自分の子供にやってあげられたらいいな、絵本を読み聞かせしてあげたいな」と思い、その道に進もうと決意したそうです。

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